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放射線を浴びたX年後(和気一作/ 原作:伊東英朗)

隠されていた真実を追い続ける

放射線を浴びたX年後
和気一作(著)
原作:放射線を浴びたX年後
伊東英朗(著)
1954年3月、太平洋マーシャル諸島ビキニ環礁近くで操業していた静岡焼津のマグロ漁船「第五福竜丸」が、アメリカによる水爆実験で被爆し、乗組員の一人が亡くなるという事件が起こりました。

この事件は日本中の注目を集め、原水爆禁止運動のきっかけとなります。第五福竜丸の船体は、市民による保存活動の結果、東京都江東区に保存展示され、核の被害と拡散の防止を訴える象徴的存在となっています。(2022年3月に第五福竜丸展示館を訪れたときのことをブログに書いています。よろしければご覧ください。 https://chekosan.exblog.jp/31140592/

事件から70年を前にして、焼津をはじめ全国7か所で第五福竜丸をテーマとした舞台劇「わが友、第五福竜丸」も上演されます。第五福竜丸が建造された和歌山県串本町のほか、東京、大阪、名古屋、岡山、高知でも予定されています。岡山は劇作家の出身地のようですが、高知で上演されるのには理由があります。

実は、1954年3月から5月に6回行われていた水爆実験の期間、第五福竜丸以外にも、なんと延べ1千隻近い船が近海で操業していました。そのうちの多くが高知の漁船だったのです。

2004年、愛媛のテレビ局のディレクター・伊東英朗さんは、高知県の高校生らが被曝した漁船員らに聞き取り調査をしていると知り、話を聞きに行きます。それから17年をかけて、伊東さんみずから関係者らを訪ねて調べた結果をまとめたのが、『放射線を浴びたX年後』です。

関係者を訪ねてみると、当時、実験場の近くで操業していた船の乗組員の多くに健康被害が出ていることがわかりました。若くして亡くなる人が多く、遺骨、特に背骨が残らないほど砕けてしまっていた方が多いこともわかっていきます。にもかかわらず、様々な事情から、第五福竜丸以外の船の被曝はほとんど表に出されず、健康診断や補償などもされませんでした。

伊東さんは取材の成果をまとめ、渾身の力を込めた番組を送り出しました。この番組は改訂版が全国放送もされ、「地方の時代映像祭グランプリ」「石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞」を受賞しますが、視聴率は振るいませんでした。

その後も伊東さんは、取材を続けていましたが、なかなか大きな反響を得られない日がつづくなか、何人目かの元乗組員の方の訃報を聞いて、もうこの調査はやめようかと悩みます。しかし、原爆や核実験をテーマとする映画を撮り続けていた新藤兼人監督へのインタビューで、その覚悟や信念を聞いて、自分も何があっても諦めないと調査の継続を誓いました。

そんな折、2011年3月11日、東日本大震災が起こります。福島第一原発の事故によって、伊東さんの過去の作品への注目も高まります。
とはいえ、テレビで一回放送するだけでは忘れられてしまうし、視聴者の反応も伝わってきにくい。そこで、伊東さんは、撮りためた映像を映画にすることにしました。支援してくれる人も現れ、映画化は実現します。各地の上映会に足を運び、観客に直接、調査への協力を呼びかける日々となりました。

伊東さんは、テレビ局を退職されたあとも取材を重ね、続編映画2作を製作されています。最新作は、アメリカでの核実験による被曝の実態を明らかにした女性たちを追ったものだそうです。

今回ご紹介した漫画版の作者、和気一作さんも、第五福竜丸以外にたくさんの船が被害に遭っていたことを知りませんでした。伊東さんの著作を読んで、船員だった和気さんの父親も被曝していたのだと気づいて衝撃を受け、これを描かねばと思い立ったのです。漫画版にはそのエピソードがあとがきとして添えられていて心を打ちます。ぜひ読んでください。

さて、上述の舞台劇「わが友、第五福竜丸」、大阪公演を観てきました。こちらの作品も、福竜丸だけでなく、高知の漁船乗組員の被害についても取り上げられていました。科学的な知見や、事件の背後で起こっていたことまで盛り込んだ、とても密度の濃いお芝居でしたよ。
放射線を浴びたX年後
和気 一作 (著)
創風社出版 (2020/7/20)
昭和29年3月1日、ビキニ環礁の水爆実験で第五福龍丸が被害を受けた。しかしマグロ漁場で行われた核実験は100回以上。多くの高知船籍の船が被ばくし、広島・長崎に連なる被害者を生み出していた…―気がつくと私は一人でマグロ船の乗組員やその遺族を巡っていた。高知の海岸線を行脚すると次々と置き去りにされた事実や捨てられた過去が見えてきた。 出典:amazon

放射線を浴びたX年後
伊東 英朗 (著)
講談社 (2014/11/27)
被ばくしたのは第五福竜丸だけではなかった…半世紀前に葬られたビキニ水爆実験の真相に迫った話題のドキュメンタリー映画、ついに書籍化!! 出典:amazon
profile
橋本 信子
大阪経済大学経営学部准教授

同志社大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程単位取得退学。専門は政治学、ロシア東欧地域研究。2003年から初年次教育、アカデミック・ライティング、読書指導のプログラム開発にも従事。共著に『アカデミック・ライティングの基礎』(晃洋書房 2017年)。
BLOG:http://chekosan.exblog.jp/
Facebook:nobuko.hashimoto.566
⇒関西ウーマンインタビュー(アカデミック編)記事はこちら



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