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プリズン・サークル(坂上 香)

「言葉にすること」が生み出す力に希望を託したい

プリズン・サークル
坂上 香 (著)
本書の著者、坂上香さんはドキュメンタリー映画監督です。島根県浜田市の刑務所「島根あさひ社会復帰促進センター」における更生プログラムを長期取材した映画「プリズン・サークル」が、2020年に公開されています。本書は同じテーマで書かれたノンフィクションで、映画には盛り込めなかった事柄や映画のその後も描かれています。

島根あさひ社会復帰促進センターは、PFI(Private Finance Initiative)刑務所と呼ばれる官民混在運営型の刑務所で、2008年に開設されました。「犯罪傾向」の進んでいない、初犯で刑期8年までの男性受刑者を収容しています。PFIとは、民間の資金や経験を活用して公共施設の建設から維持管理・運営までを行う手法をいいます。同種の刑務所は、ほかに美祢(山口県)、喜連川(栃木県)、播磨(兵庫県)にあるそうです。

ところで、刑務所を新設するというと、いわゆる迷惑施設として嫌がられることがあります。しかし、島根あさひでは、住民からの反対運動は起こりませんでした。のみならず、開設後に受刑者と住民との間に、直接、間接的な交流が生まれました。これは開設に向けて、事前説明会を繰り返し行い、理解を求めてきたことが影響しているそうです。

とはいえ、高く厚いコンクリート壁こそないものの、センターを囲む二重のフェンスの内外には何種類ものセンサーが張り巡らされ、カメラによる24時間の監視体制も万全、各種の探知装置を通らなくては入ることができない超厳重保安施設です。著者の取材も厳しい制約を受けたそうです。

さて、同センターで行われている更生プログラムの特徴は、「語り合うこと」にあります。講義やワークショップを受講するなかで、自分や他者の過去や犯罪に向き合い、罪を犯したときの意識や感情、被害者の負った心身の傷について言葉を発することを促していきます。立場を変えてものごとを見るためのロールプレイなども採り入れています。

専門家の指導のもと、受刑者どうしが語り合うことで、罪を犯した自らの背景や心象に向き合っていくプログラムは、他者への理解と心からの反省を促す効果が高いといいます。感情というものがわからないと言っていた受刑者が、過去をふりかえって少しずつ言葉にしていくなかで、ずっと蓋をしてきた記憶や感情が現われてきたりする瞬間を著者は目の当たりにします。

このプログラムは希望制で、応募と審査を経て参加者を決定します。40人前後の参加者は、生活や刑務作業を共にしながら、週3日、毎週12時間程度の授業を受講します。一日の終わりには、30分程度のミーティングがもたれています。

1クールは3か月で、クールごとにメンバーが少しずつ入れ替わります。経験を積んだ先輩格の参加者がプログラムをリードすることも多いようです。プログラムには、担当の刑務官1名、教育を担当する民間の社会復帰支援員が4名配属されています。

受刑者は、自身も虐待やいじめを受けてきた経験を持つ人が多いそうです。そのため、過去を語るときには、「被害と加害が混じり合う」こともよくあるそうです。通常の刑務所では、加害者としての反省を求められるので、そうした話はできません。でも、このプログラムでは、本人が感じていることをありのままに語ることが期待されるのです。それが成立するには安心して語れる雰囲気が必要です。そうした場のことを「サンクチュアリ(聖域)」と呼びます。

著者は、のちに出所者と話をするたびに、プログラム後の余暇時間が彼らにとってのサンクチュアリであったことを教えられたそうです。ほかの受刑者はテレビや食事の話をしているなか、このプログラムの参加者たちは、必ずみんな授業の振り返りをしていたというのです。その時間は、仲間に見守られ、ケアされ、ケアし合う、親密な空間だったのです。

ある訓練生は、自分の気持ちをどう表現したらよいかわからなくて、年配の訓練生に相談したところ、本を読んで語彙を増やすことを勧められました。そこで彼は児童書からドストエフスキーの『罪と罰』まで、手当たり次第に本を借りて読みます。授業中や余暇時間に知らない言葉を耳にするとメモをして、後から辞書を引きました。それらの言葉を普段の会話で試してみながら身につけていったのだそうです。

そうした時間を過ごした参加者らが、出所後も互いに支え合っている様子も本書では語られます。これらの取り組みは、日本ではまだまだ広がる様子はないようですが、しかし本書を読んで、言葉にすること、そしてその言葉を聞いてもらい聞くことが生み出す力に希望を託したいと思いました。
プリズン・サークル
坂上 香 (著)
岩波書店 (2022)
受刑者が互いの体験に耳を傾け、本音で語りあう。そんな更生プログラムをもつ男子刑務所がある。埋もれていた自身の傷に、言葉を与えようとする瞬間。償いとは何かを突きつける仲間の一言。取材期間10年超、日本で初めて「塀の中」の長期撮影を実現し、繊細なプロセスを見届けた著者がおくる、圧巻のノンフィクション。 出典:岩波書店
profile
橋本 信子
大阪経済大学経営学部准教授

同志社大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程単位取得退学。専門は政治学、ロシア東欧地域研究。2003年から初年次教育、アカデミック・ライティング、読書指導のプログラム開発にも従事。共著に『アカデミック・ライティングの基礎』(晃洋書房 2017年)。
BLOG:http://chekosan.exblog.jp/
Facebook:nobuko.hashimoto.566
⇒関西ウーマンインタビュー(アカデミック編)記事はこちら



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