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おみやげと鉄道(鈴木勇一郎)

たかがおみやげ、されどおみやげ

おみやげと鉄道
名物で語る日本近代史
鈴木 勇一郎 (著)
旅の楽しみ、おみやげ選び。私はぶらぶら見て回るのも買うのも、ひとからいただくのもあげるのも大好きですが、「誰々にも買わなきゃ、ああ何を買えばよいのか?!」と負担に思う人もあるかもしれませんね。

日本の観光地では、いたるところにおみやげが山と積まれています。日本語のガイドブックには、海外向け、国内向けを問わず、おみやげの情報が満載されています。なかでも土地の歴史に由緒づけられたおみやげが名物とされていることが多いです。実はこれらは、外国から見ると少々特異な現象だそうです。

本書は、そんな日本のおみやげ文化の特徴や変遷を歴史資料からひもといた本です。

著者の鈴木勇一郎さんは、日本近代史、近代都市史の研究者です。この分野に踏み込むようになったきっかけは、旅行でロンドンを訪れたさい、大英博物館で「現代日本のおみやげ」という企画展示を見たことでした。

そこには日本の観光地などで売られているおみやげが展示してあり、パンフレットには、日本人観光客は「多くの高額なおみやげを買う」と説明されていました。これを見て、日本のおみやげ文化が外国人には新鮮に見えるということに気付かされたのです。

鈴木さんの分析によれば、日本のおみやげは、個人の旅の記念品としてよりも、旅の証として他人に配るものという意味合いが強いそうです。たしかに、日本のおみやげ売り場で一番の売れ筋は、たくさんの人に配りやすい個別包装のお菓子のように思えます。

とはいえ、昔からおみやげ用のお菓子が売られていたかというと、そうでもないようです。江戸時代には旅をする人が増加し、それとともに各地で名物の饅頭や餅などが発達していきますが、基本的にその場で食べるものであって、おみやげとして売られていたわけではなかったのです。

昔は、今のように保存技術が発達していませんでしたし、行き帰りにも時間がかかったので、食べ物をおみやげに持って帰るということは出来ませんでした。

やがて食品の保存技術が向上し、交通手段が発達すると、食品の持ち帰りが可能になり、その土地にまつわる食べ物がおみやげとして好まれるようになります。

ところが、それらは実はその土地とは無関係なものだったり、ビジネスのために作り出されたりしたものが多く、その土地に由来するものは案外少ないということも明かされていきます。

たとえば、岡山名物となっている吉備団子は、桃太郎伝説の黍団子と音が同じというだけで、実は両者に直接の関係はないのだそうです。いまに続く吉備団子の出現はそう古いものではなく、せいぜい幕末までしかさかのぼれないのだとか。

その吉備団子が全国的知名度を得るようになったきっかけは、日清戦争時に広島大本営が置かれ、山陽鉄道が軍事輸送を担ったことが関係しているそうです。全国から動員された将兵は、いったん広島に集められ、戦地へ出征していきました。帰還した将兵は、広島から郷里へ帰るときのおみやげに吉備団子を買い求めたのです。

最近の例では、いまや東京を代表するおみやげに登りつめた「東京ばな奈」が挙げられます。東京は日本一の観光都市ですが、これというおみやげがありませんでした。そこに台頭したのが同商品です。

東京にはバナナは生育していませんし、なにか由来があるわけでもありません。が、バナナが幅広い年齢層に受け入れられやすく、特に年配客に懐かしさを感じてもらえることを狙ったイメージ戦略が功を奏して、すっかり東京みやげの定番となりました。

そのようなおみやげ列伝のなかで、私の郷里である滋賀県の草津名物「姥が餅」は、戦国時代の逸話に由来し、長い歴史をもち、お菓子としての評判も良く、現在も売られている数少ない事例です。

1912年発行の『菓子新報』という冊子には、「風味は別に変ったものではなく、普通の餡コロであるが、因縁の附いた物語があるだけに、最も弘く世に知られて居る」と評されていたそうです。

褒めてない? いえいえ、1911年に鉄道駅構内で販売されていた駅弁や菓子類の管理をしていた鉄道院西武鉄道管理局の評価でも、「体裁良、風味良、代価相当の物」という一番良いランクの筆頭に挙がっています。ちょっと誇らしくなりました。

ちなみに、本書では紹介されていませんが、姥が餅は歌川広重「東海道五十三次」にも登場します。ただし前述のように、その場で食べるものだったようで、絵に描かれているのは「茶屋」です。

たかがおみやげ、されどおみやげ。その歴史からは、人の移動の変化や交通手段の発展、まちおこしや企業の戦略といった近代以降の日本の姿が見えてきて、奥深さと面白さが感じられました。
おみやげと鉄道
名物で語る日本近代史
鈴木 勇一郎 (著)
講談社 (2013)
日本各地の駅を訪れると、饅頭や羊羹、弁当などの食品が、その土地の名物として売られている。私たちにとって当たり前のこの光景は、実は他の国ではほとんど見られない(ロンドンのターミナルで「ビッグベン当」のようなものは見あたらない)。この類い稀なる「おみやげ」という存在は、鉄道を筆頭とする「近代の装置」が、日本の歴史、文化と相互作用して生まれたものだった―。近代おみやげの誕生と発展のありさまを描き出す、本格的歴史研究。 出典:amazon
profile
橋本 信子
大阪経済大学経営学部准教授

同志社大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程単位取得退学。専門は政治学、ロシア東欧地域研究。2003年から初年次教育、アカデミック・ライティング、読書指導のプログラム開発にも従事。共著に『アカデミック・ライティングの基礎』(晃洋書房 2017年)。
BLOG:http://chekosan.exblog.jp/
Facebook:nobuko.hashimoto.566
⇒関西ウーマンインタビュー(アカデミック編)記事はこちら



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