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負けんとき ヴォーリズ満喜子の種まく日々(玉岡かおる)

関西で新しい世界を切り拓いていった女性

負けんとき
ヴォーリズ満喜子の種まく日々
玉岡かおる(著)
昨秋(2019年)、滋賀県近江八幡市のヴォーリズ学園内にあるハイド記念館で、一柳(ひとつやなぎ)満喜子没後50周年記念展が開かれました。

ヴォーリズは、明治38(1905)年に英語教師として来日しますが、その後、建築家として日本中に数々の名建築を残し、また滋賀にメンソレータム(現メンターム)で知られる近江兄弟社を設立した人です。

一柳満喜子はその妻であり、近江兄弟社学園(現・ヴォーリズ学園)の前身となる幼稚園を創設した教育者です。

満喜子は、今でいう学童保育に始まり、幼児教育、障害児教育、保育者の養成に情熱を注ぎました。上記の記念展を見て、彼女の先駆的な教育活動と、私利私欲とは無縁の生活ぶりにすっかり魅了されてしまいました。

私は滋賀に長く住んでいますが、ヴォーリズの妻が日本人であることや教育者だったということをうっすら聞いたことがあるくらいで、こんなに波乱万丈な人生を送り、教育界に貢献した人だったとは知りませんでした。夫のヴォーリズについては多くの著作や情報があるのに、満喜子に関するものはごくごく限られています。

今回ご紹介する玉岡かおるさんの『負けんとき』は、満喜子の生涯を詳細に描いた小説です。

満喜子は、もと小野藩主で、明治維新後は子爵となった一柳家の娘に生まれました。一代前なら大名のお姫様という身分でありながら、華族の娘が通う学校ではなく、平民の子女が通う東京女子師範学校付属女学校に進学しました。そこで、日本の女子留学生第1号である津田梅子にも直接学びました。

父の末徳は小野藩最後の藩主ですが、福沢諭吉の慶應義塾で英学を学んでいます。母の英子はクリスチャンで、一夫一婦制を求める運動にも関わっていました。しかし父には側室がいて、同じ屋敷内に住まわせていました。母は、側室たちやその子どもたちに対してつらく当たることなく接する人でした。

そうした複雑な環境が影響して、満喜子は親の勧める縁談をことごとく断り、家政学、英語、音楽と学業を続けます。

かたくなに結婚しようとしない満喜子を、父はアメリカ留学に送り出します。満喜子は、女学校時代の恩師アリス・ベーコンのもとで、黒人と白人がともに学ぶ教育実践を手伝うことに生きる道を見出します。

当時の華族令嬢としては型破りな生き方ですが、それを支えたのは、大阪の豪商廣岡家の婿養子となった次兄の恵三と、その義母である実業家、廣岡浅子でした。浅子はNHKの連続テレビ小説「あさが来た」のヒロインのモデルになった、大同生命の創業者です。

浅子は優れた経営者であり、女性の自立を促す社会運動家であり、キリスト教に基づく教育者でもありました。彼女が晩年に打ち込んだ女性のための勉強会には、やはり連続テレビ小説「花子とアン」のヒロインのモデルである翻訳家の村岡花子や、女性参政権運動の中心人物となる市川房江も参加しました。

満喜子がヴォーリズと出会ったのも、廣岡家の新築工事の打ち合わせの席でした。一時帰国中だった満喜子は、ベーコンが亡くなったこともあって、ヴォーリズとともに生きる決心をします。しかし子爵令嬢が外国人と結婚することは許されませんでした。

そこで満喜子は分家して華族の身分を捨て、平民の一柳満喜子としてヴォーリズと結婚します。そして、ヴォーリズの伝道の拠点である八幡に移り住むのです。

都会育ち、高学歴で外国帰りの満喜子は地域に溶け込むのに苦労しますが、幼い子らの教育活動に手腕を発揮します。そこから保育者の育成へと事業を拡げていきます。日本とアメリカで学んだ家政、英語、音楽、教育法を遺憾なく発揮する場を自らつくりだしていくのです。

太平洋戦争が始まると、帰化して一柳米来留(めれる)となったヴォーリズにもスパイ容疑がかかり、近江兄弟社の運営から手を引かされます。夫妻は軽井沢に隠遁せざるを得なくなりますが、ここでも満喜子は疎開してきた子どもたちの教育に手腕を振るいます。

戦後、夫妻は近江八幡に戻り、満喜子は近江兄弟社の教育事業全般の責任者として、また、民主主義教育の指導者としても活躍します。

『負けんとき』は、評伝ではなく小説なので、多分にフィクションが入っていると思われますが、満喜子を中心として、明治生まれの女性たちが、いかに一人の人間として自分の道を見つけていくかを丹念に描き出しています。

なお、満喜子が創設した幼稚園の園舎は、今でもヴォーリズ学園の施設として活用されています。昨秋の展覧会も元園舎で開かれました。そのときの様子をブログで紹介していますので、よろしければご覧ください。https://chekosan.exblog.jp/29754106/
負けんとき
ヴォーリズ満喜子の種まく日々
玉岡かおる(著)
新潮文庫(上・下) 2014年
明治半ば、播州(兵庫県南部)小野藩最後の藩主の娘として生まれた一柳満喜子。封建的な家で育った満喜子だが、平民の通う女学校に進んで、アメリカ人教師から英語やキリスト教の精神を教えられ、神戸女学院では音楽を学ぶ。乳兄弟の佑之進との恋は実らず、傷心の彼女はアメリカに留学することに…。運命に翻弄されながらも、自らの人生を切り開いていった女の姿を描く感動の大作。 出典:amazon
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橋本 信子
同志社大学嘱託講師/関西大学非常勤講師

同志社大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程単位取得退学。同志社大学嘱託講師、関西大学非常勤講師。政治学、ロシア東欧地域研究等を担当。2011~18年度は、大阪商業大学、流通科学大学において、初年次教育、アカデミック・ライティング、読書指導のプログラム開発に従事。共著に『アカデミック・ライティングの基礎』(晃洋書房 2017年)。
BLOG:http://chekosan.exblog.jp/
Facebook:nobuko.hashimoto.566
⇒関西ウーマンインタビュー(アカデミック編)記事はこちら



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