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みんなの道徳解体新書(パオロ・マッツァリーノ)

学校では教えてくれない道徳教育の謎

みんなの道徳解体新書
パオロ・マッツァリーノ(著)
自称「イタリア生まれの日本文化史研究者、戯作者」のパオロ・マッツァリーノ氏が、日本の道徳教育に潜むおかしさ(と可笑しさ)を、鋭く、痛快に、そしてまじめに論じる一冊です。

著者略歴に「公式プロフィールにはイタリアン大学日本文化研究科卒とあるが、大学自体の存在が未確認」と記していることでもわかるように、著者は正体不明の人物です。年齢も不詳ですが、文体や文章のノリからみて、私より少し年上かな?と推測しています。

本書『みんなの道徳解体新書』は、2018年度から小学校で、19年度から中学校で正式に「教科」となる「道徳」について、パオロ流に分析しています。

パオロ氏はまず、「日本人に道徳心がなくなったから道徳教育が必要だ」という言説をあっさり否定します。パオロ氏は、むしろ現代の日本人の方がモラルに過敏だと反論します。

確かに。公共の場でのふるまいやルール、たとえば売り場やトイレの列の作り方、ごみの処理、メディアでの表現などは数十年前の方がよほど乱雑でした。過去のテレビの映像や新聞報道にもその証拠は残っています。

次に、道徳という科目の特殊性を指摘します。他の教科や習い事などのように、その道の訓練を積んだ人が教えるわけでもないし、道徳の実技を教えるわけでもない。

ではなぜ道徳を教科にするのでしょう。パオロ氏は、すでに決まっている善悪の基準をこどもたちに押しつけて、基準をブレさせないよう維持することが目的だと喝破します。

いまある道徳の副読本(現在は正式な教科ではないので「教科書」はありません)には、歴史的事実や科学的根拠にもとづかないトンデモ話や、論理的に考えると筋が通らない話がたくさん載っています。たとえば、次のような話です。

小1の女の子が買い物の帰り道、たまたまワニさんのしっぽを踏んづけてしまいました。女の子はワニさんに頭をさげて何か言いました。それによってワニさんはニコニコと笑っています。何と言ったのでしょうか。

正解は「ごめんなさい」なのでしょう。でもパオロ氏は言います。この設定はぶっ飛びすぎだと。もしワニのしっぽをうっかり踏んづけてしまったら、全力で逃げろと教えないといけません。

これはパオロ流ツッコミの巻でして、もっと深刻な問題もちゃんと指摘しています。たとえば、道徳の副読本に登場する家族はすべて父・母・子どもの核家族か、それに祖父母が加わったものだそうです。片親家族は登場しません。「理想の家族」しか描かないのです。

また道徳の副読本には樹木信仰、自然崇拝がふんだんに登場します。自己犠牲の賞賛・美化も多く見られます。それらの行き着く先は、現実問題からの逃避、あるいは問題の本質をつきつめて考えることからの回避です。このあたりパオロ氏はもっとわかりやすく説明してくれています。

さて、最終章「いのちの大切さのしくみ」では、「なぜ人を殺してはいけないのですか?」というこどもの疑問に向き合います。実はパオロ氏も含めてほとんどの大人は「自分が納得できる理由があれば、人を殺してもいい」と考えているので、この疑問に答えることはできないのです。

ただパオロ氏は「殺人を減らしたいのなら、いかに他人を憎まないようにするかを教えるのがもっとも効果的」だと指摘します。それゆえ「道徳の授業で教えるべきは、いのちの大切さではなく、多様性の尊重」だというのがパオロ氏の結論です。そもそもいのちの大切さは習わなくても、誰もが知っていることなのです。

「差異をなくして同一性を高めればいさかいがなくなると考える人たちが、「絆」という言葉で自分の価値観を押しつけよう」としているとパオロ氏は指摘します。「絆」を強いることは、異質な他者を排除し、同質性、同一性を強いることにつながります。そうではなく、「自分とは違う人間がよのなかに存在することを認める努力が大切」なのです。
みんなの道徳解体新書
パオロ・マッツァリーノ(著)
ちくまプリマー新書
義務教育化されるこの機会に道徳って何なのか、誰のために必要なのか考えるために副読本を読んでみた。するとつっこみどころ満載!? 日本人の道徳心は本当に低下しているの?小中学校での道徳教科必修化の前に、道徳のしくみをくわしく勉強してみよう!学校では教えてくれない、道徳の「なぜ?」がわかります。出典:amazon
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橋本 信子
同志社大学嘱託講師/関西大学非常勤講師

同志社大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程単位取得退学。同志社大学嘱託講師、関西大学非常勤講師。政治学、ロシア東欧地域研究等を担当。2011~18年度は、大阪商業大学、流通科学大学において、初年次教育、アカデミック・ライティング、読書指導のプログラム開発に従事。共著に『アカデミック・ライティングの基礎』(晃洋書房 2017年)。
BLOG:http://chekosan.exblog.jp/
Facebook:nobuko.hashimoto.566
⇒関西ウーマンインタビュー(アカデミック編)記事はこちら



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