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英雄三国志〈2〉(柴田錬三郎)

小さなことにくよくよする暇はない

英雄三国志〈2〉覇者の命運
柴田 錬三郎 (著)
三国志の主人公的存在、劉備(りゅうび)最大の敵、曹操(そうそう)。

『燕雀(えんじゃく)いずくんぞ、鴻鵠(こうこく)の志を知らんや』

(ツバメやスズメのような小人物に、オオトリのような大きな人物の高い志を理解するのは無理である。)と言うことわざを吐き出すシーンが印象に残っています。

子どもの頃から養育係も手に負えない秀才ぶりを発揮し、 将来は大物になり乱世を切り開く逸材になるだろう、と言われました。

物語を読んでいくと頭脳明晰なだけでなく優秀な人材を発掘、起用し、 大志を抱いて突き進んでいく、エネルギー溢れる人物像が浮かびます。

現代でいう敏腕社長のような武将!

颯爽とした姿に魅かれるようになりました。

さて、曹操はどんな人だったのかと言うと…

青年になった曹操は時の権力者、董卓(とうたく)に近づき、重用されます。

しかし困ったことに董卓は、わがまま放題の悪政で民を苦しめていました。

そして、秘密裏に暗殺計画が練られます。

曹操は計画実行に自ら志願するが、失敗。追われる身となります。

そんな中、父親の旧友である呂伯奢(りよはくしや)の屋敷にかくまってもらうことになりました。

久しぶりの寝屋で休んでいると、何やらあやしい音が聞こえます。

(本文より)
屋敷の裏手から、たしかに、しゅっ、しゅっ、と刀を磨ぐ音がきこえた。

のみならず、数人の声が、「縛らなければ、殺せぬぞ」とか、 「木へくくりつけた方がよいのだ」とか、 「喉もとを、ひと突きにすれば…」とか、話しあっている。

―――さては!?
叔父さんはやさしく迎え入れたが、実は役所に密告し、 自分を殺して手柄にしようとたくらんでいる!

そう確信した曹操。

(本文より)
「先手を打つのだ」曹操は、剣を抜きはなつや、廊下を奔(はし)った。

そこへ、躍り込んだ曹操は、一喝しざま、刀を磨いでいる者の首を刎ねた。

あとは、もう、悪鬼のように、悲鳴をあげて逃げまわる者に、 襲いかかる地獄絵図をくりひろげるばかりであった。…

使用人たちが、刀を磨いでいたのは、 捕えて来たイノシシを殺して、料理するためであったのだ。

「許されい!」…曹操の声が、ひびいた。
お供をしていた陳宮(ちんきゅう)は大変な勘違いに衝撃を受けますが、 曹操は「終わったことだ。悔いてもしかたない。忘れてしまえ!」

と言って逃走を促します。

その上、道すがら出会った呂伯奢(りよはくしや)までも斬ってしまうのです。

なんということ…。

いくらなんでもひどすぎます。

信じられない行為に恐れおののく陳宮にこう言い放ちます。

(本文より)
「判りきったことではないか、陳宮。呂伯奢(りよはくしや)が、帰宅して、家人どもが殺されている光景を眺めれば、必ず、われわれに対して、激怒し、宮へ訴え出るに相違ないではないか。県史へ急報されたならば、われわれの行手には、捕縛の網が張りめぐらされる。やむを得ぬ仕儀だ」

「し、しかし……」

「陳宮!大事の前には、小事にかまっては居れぬのだ。それが、天下を取る大志を持った者の心得だ。いたずらに、善人ぶるのは、無駄だぞ!行こう」
これを読んだとき、とんでもない人間だと抵抗する気持ちと、 志のためにここまでする曹操に、どこか圧倒的な人としての強さを感じました。

まさに鴻鵠(こうこく=大志を持った大人物)である曹操を表しているのでは!?

初めて触れたときは、私の中の燕雀(えんじゃく=小人物)が抵抗したのですが、 何度も読み込むうちに変化が起こります。

曹操の大志とは?

広大な中国で何万人、いやそれ以上の人々が戦渦に巻き込まれ命を落とす三国志の時代。

これを打破すべく人生をかけているのです。

世の中のために生きる人間は小さなことにくよくよする暇はない!

まさに今、私の中の「燕雀」は「鴻鵠」へ進化するぞ!

とエネルギーの回転をおこしている。

そんな実感がわきました。

さて、そんな曹操にぴったりの音楽が聴こえてきました。

ワーグナーの楽劇《ニュンベルクのマイスタージンガー》第一幕への前奏曲です。

ワーグナー(1813-1883)はどんな人だったか?

一言でいうと、「超」がつくほど自己中心的!

夢を実現するためには物凄いエネルギーを発揮し、 やがてドイツオペラの新しいページを作りました。

「従来の常識なんて全く関係ない」と思っていたかのような、 全編15時間(!)にも及ぶオペラ(「ニーベルングの指輪」全4部作)を書き、 理想の音のために自分専用のオペラハウスを建てました。

と言っても、それはワーグナー最大のパトロン、 バイエルン国王ルードヴィヒ二世に国家予算をつぎ込んで作らせたのですが…。

とにかく《マイスタージンガー》を聴いてみてください。

その破格のスケールと猪突猛進なワーグナーワールドが怒涛のように押し寄せます!

音の渦に飲まれていると、ワーグナーと曹操の「核」となるものは同じではないか、 という気がしてなりません。

自己実現を「大志」と置き換えれば、まさに冒頭のことわざ、 『燕雀(えんじゃく)いずくんぞ、鴻鵠(こうこく)の志を知らんや』の精神が共通するように思うのです。

「英雄三国志」二巻のカバーイラストは曹操。

三国志をますます魅力的にいろどる武将です!

そして推薦CDは、ワーグナー:管弦楽名曲集

ドイツ留学中に何度も足を運んだ、 大好きな指揮者ズビン・メータの演奏です!
ワーグナー:序曲・前奏曲集
英雄三国志〈2〉覇者の命運
柴田 錬三郎 (著)
集英社(2004)
乱世の奸雄・曹操は、献帝を擁し、袁紹・呂布らを倒しながら権力を固める。一方、敗残の旅を続ける劉備は、待望の天才軍師・孔明を迎えた。50万の曹操軍を前に、いかに闘うのか。 出典:BOOKNAVI
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植木 美帆
チェリスト

兵庫県出身。チェリスト。大阪音楽大学音楽学部卒業。同大学教育助手を経てドイツ、ミュンヘンに留学。帰国後は演奏活動と共に、大阪音楽大学音楽院の講師として後進の指導にあたっている。「クラシックをより身近に!」との思いより、自らの言葉で語りかけるコンサートは多くの反響を呼んでいる。
Ave Maria
Favorite Cello Collection

チェリスト植木美帆のファーストアルバム。 クラッシックの名曲からジャズのスタンダードナンバーまで全10曲を収録。 深く響くチェロの音色がひとつの物語を紡ぎ出す。 これまでにないジャンルの枠を超えた魅力あふれる1枚。 ⇒Amazon
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