天平の甍(井上靖)
![]() |
|
![]() 教えとまごころが息づいている 天平の甍
井上靖(著) この本を読んで心底、鑑真(がんじん)に惚れ込んだ、そんな一冊です。
奈良時代に日本と中国をつないだ遣唐使。 主人公の普照(ふしよう)も留学僧として中国へ渡った一人でした。 遣唐使派遣の話が持ち上がった天平(てんぴょう)四年(732年)、突然の任命に普照はとまどいます。 そのころ日本から中国への航海は、荒れ狂う波を越えなくてはならない、まさに生きるか死ぬか相当の覚悟がいったのです。 しかし、10年以上の長期留学が許されることに魅力を感じ決意を固めます。 その後、普照は20年の留学生活を経て、鑑真(がんじん)来日に尽力します。 当時、鑑真は中国で最も高い地位にいました。 そんな高僧に、命の危険を冒すようなことを頼めるのか? もっとも、はじめて面会した時は鑑真の弟子に来日を願い出るつもりでした。 しかし、その話は思わぬ方向へと向かうのです。 (本文より) この寺の一室で、一行は鑑真と会った。鑑真の背後には三十数人の僧が控えていた。 この時鑑真は五十五歳であったが、骨格のいかにもがっちりした感じの大柄な人物で、額は広く、目も鼻も口も大きくしっかりと坐(すわ)っており、頂骨は秀で、顎(あご)は意思的に張っていた。… 話を聞き終ると、鑑真はすぐ口を開いた。 「…いま日本からの要請があったが、これに応えて、この一座の者でたれか日本国に渡って戒法を伝える者はないか」 たれも応えるものはなかった。…鑑真は再び口を開いた。 「他にたれか行く者はないか」 たれも応える者はなかった。 すると鑑真は三度口を開いた。 「法のためである。たとえ渺漫(びょうまん)たる滄海(そうかい)が隔てようと生命を惜しむべきではあるまい。お前たちが行かないなら私が行くことにしよう」 一座は水を打ったようにしんとなっていたが、総てはこの間に決まったようであった。 普照の熱意と、鑑真の「法を伝える」という強い意思がぴったり合った瞬間です。
命の危険を差し置いて、法のために生きる。 鑑真にとっては明快で当たり前のことだったのでしょう。 そこに自分個人の都合や感情はありません。 志の高い偉人に触れた時に感じる、共通のシンプルさ。 鑑真の重厚で揺らぐことのない信念に、「こんな風に生きることができたら…!」と思いました。 その後、普照と鑑真らは幾度も渡航を試みたものの失敗。 期間はなんと10年にも及びます。 そして遂に鑑真は失明してしまうのです…。 それでも諦めることなく挑戦を続け、六度目にして日本の土を踏むことになります。 この物語と共に心に響く音楽は、ドヴォルザークの交響曲第9番 作品95「新世界より」です。 誰もが耳にしたことのある、『遠き山に日は落ちて~』のメロディーは、「新世界より」の二楽章冒頭です。穏やかな旋律に郷愁の念が込められているようで、聴くたびに胸を揺さぶられます。 さて、「新世界より」はどのようにして生まれたのでしょう。 チェコ出身のドヴォルザーク(1841-1904)は愛国心の強い作曲家でした。 プラハ音楽院で教鞭をとり、自国のみならずイギリスでも高く評価されました。 しかし51歳の時、アメリカ、ニューヨークへ旅立ちます。 それは、ヨーロッパの伝統音楽を当時発展途上だったアメリカに伝えるためでした。 そこでドヴォルザークは強いホームシックにかかり苦しみます。 そんな中「新世界より」が誕生しました。 アメリカでの経験と祖国をおもう気持ちが融合されている、作曲家ならではの音の表現。 わずか三年余りの滞在でしたが、この時期に有名な曲が集中して書かれているのは非常に興味深いものです。その葛藤が創作活動を刺激したのでしょうか。 日本から中国へ渡った普照、中国から日本へ渡った鑑真。そしてドヴォルザーク。 それぞれの胸には何か共通のものがあるのではないか。 なにより、彼らを支えたのは使命感に違いないと思います。 1000年以上の月日が経った現代、私たちの生活に鑑真の教えとまごころが息づいている。 そんなことを感じさせてくれた一冊です。 天平の甍
井上靖(著) 新潮社(1964) 天平の昔、荒れ狂う大海を越えて唐に留学した若い僧たちがあった。故国の便りもなく、無事な生還も期しがたい彼ら―在唐二十年、放浪の果て、高僧鑒真を伴って普照はただひとり故国の土を踏んだ…。鑒真来朝という日本古代史上の大きな事実をもとに、極限に挑み、木の葉のように翻弄される僧たちの運命を、永遠の相の下に鮮明なイメージとして定着させた画期的な歴史小説。 出典:amazon ![]() 植木 美帆
チェリスト 兵庫県出身。チェリスト。大阪音楽大学音楽学部卒業。同大学教育助手を経てドイツ、ミュンヘンに留学。帰国後は演奏活動と共に、大阪音楽大学音楽院の講師として後進の指導にあたっている。「クラシックをより身近に!」との思いより、自らの言葉で語りかけるコンサートは多くの反響を呼んでいる。 Ave Maria
Favorite Cello Collection チェリスト植木美帆のファーストアルバム。 クラッシックの名曲からジャズのスタンダードナンバーまで全10曲を収録。 深く響くチェロの音色がひとつの物語を紡ぎ出す。 これまでにないジャンルの枠を超えた魅力あふれる1枚。 ⇒Amazon HP:http://www.mihoueki.com BLOG:http://ameblo.jp/uekimiho/ ⇒PROページ ⇒関西ウーマンインタビュー記事 |