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あみ りょうこ
版画家 ninjacco

AMIのAMIGO アート・芸術 2020-02-17
Vol.22 オアハカの印刷職人マエストロキンタス、の巻

オラー、こんにちは!! あみりょうこです。2月に入り気温が高くなってきたと感じる日もあるオアハカです。

再びオアハカに戻ってきて落ち着いたので私のマエストロを訪れてきました。マエストロはスペイン語で「先生・師匠」という意味です。

私には、何人かマエストロとよんでいる先生たちがいます。マエストロキンタスもその一人で活版印刷の師匠です。あらゆることは本当にひょんなことから始まるという気がしますが、マエストロと出会ったのも偶然が重なった結果という感じがします。

「レタープレス」という言葉をなんとなく聞き始めて、どういう印刷なのか説明を受けたことがありました。それを頭の中でぼんやりとわかったような気になっていて、ある時ハワイを訪れた時でした。

友人が当時ハワイに住んでいたので、メヒコから日本への帰り道に寄り道ハワイをしようということになり彼女を訪れたのです。

こんな途中下車感覚で外国を訪れられる時代が来るなんて便利な世の中です。グーグル先生に希望のルートを入れると一番安いチケットを探してくれるなんて本当にありがたいことです。

ハワイに特別憧れがあったわけではなく、ただ「友だちに会いに行ったら面白い」というノリで実現したようなことなので、着いただけで結構満足してしまっていたのですが、友だちがせっかくなのでどこでも連れて行ってくれるというので、たまたま見つけて訪れたのが活版印刷の工房でした。
大きな機械を前に改めて「レタープレス」とは何ぞやということを教わり、ようやくどういうタイプの印刷技術なのかがわかったのです。

その後、オアハカにもその「レタープレス」とやらはあるのかな? という興味から探し始めて知り合ったのがこのマエストロキンタスなのです。
第一印象は厳しそうな職人さんという感じでした。確かに、語気強く話すので最初は面食らいました。

しかしそんなことでまごまごもしていられないので、工房を訪ねた理由をたどたどしく説明し、活版印刷に興味があると伝えるとなんと工房の中に招き入れてくれて、いろいろな話をしてくれました。

それからというもの、しばらくの間は毎日訪れては仕事ぶりを見せてもらったり、手伝いをさせてもらったり、そして自分でも名刺やノートなどを一緒に作らせてもらったりしました。

一緒に働かせてもらう中でまず感じたのは、マエストロはめちゃくちゃ話し好きだということです。メヒコの人は一般的におしゃべりが好きな人が多いと思うのですが、マエストロも例にもれず。
現在70代半ばのマエストロですが、6歳のころから印刷工の丁稚としてそのキャリアをスタートさせているので、人生の経験値がものすごく豊かです。

オアハカはまだまだ日本と比べると牧歌的な雰囲気が残りますが、この70年の間のものすごい技術進歩の中で過ごしたマエストロの少年・青年時代のオアハカやメヒコの話を聞いていると、冒険映画の話を聞かせてもらっているような風景が広がります。

これまでにもすでに何度も同じ話を繰り返し聞いているのですが、ふんふんと聞いていると、ふと新しいエピソードが始まったりするので、「いったいどれだけ引き出しを持っているんや」といつも感心します。

(↑インタータイプという印刷機。CDMX)
新聞もかつては活版印刷(1文字ずつを組んだものであったり、あるいはインタータイプという機械)で印刷されていました。今でこそパソコンがオートコレクト機能でスペルミスを勝手に直してくれたりしますが、かつては印刷する人たちがすべてを担っていました。

言葉を知らないといけないし、正しく書かなければならないし、そしてもちろん印刷の技術や期日内に納品をするという商売人の一面も持ち合わせなければなりません。

今ではいろんなことが便利に早く済ませるようになりすぎていると感じるときがあります。見積もりにきても、活版印刷だと時間がかかること、最新の技術ではないのに高くつくことなどで注文には至らないお客さんもたくさんいるそうです。

早くて安いが当たり前になっていて、その仕事がどれだけ手間のかかることなのかがわかってもらえないからかもしれません。かくいう私も、日本のコンビニのコピー機でカラー印刷ができるようになった時などは、すごい!と飛びついたものです。

でもあらためて、昔ながらの印刷技術を実際に見させてもらうと、その途方もないプロセスと人にゆだねられた技の高さに目を丸くしてしまいます。
マエストロの働く様子を見るのは本当に楽しいです。人が働く姿を楽しいとは何事か、と思われるかもしれません。他にうまく言葉が思いつかないのですが、自分の仕事を好きだと思いながら働く人を見るのは気持ちがいいと感じます。

印刷という仕事は、同じものをたくさん刷ることですが、印刷物はその都度大きさも内容も何もかもが違います。知識、そして何よりも経験が本当に物をいいます。

しかしそれをもってしてもなかなかうまくいかないということや、ソフト面やハード面においても無理難題は降りかかってきます。

マエストロは文字を組みながら、あるいは印刷をしながらよく歌を歌っています。どうして歌うのか聞いたことがあるのですが、「いらいらしながら仕事をしたら、印刷ができないから」と言われました。だから落ち着いて穏やかな気持ちで仕事をするために歌うのだそうです。そしてよく私に言います。

「いいか、ものというものは勝手に生まれてくるんじゃない。自分で生み出すんだ。だから不可能なことはないんだ。」

その言葉に私はとても励まされます。世の中にはいろいろな価値観があるのはわかっていても、メディアを見ていると利益を追求することが働くことの意義であるかのような錯覚を抱くこともあります。

確かに人には日々の生活もあってまずはそれを維持していかなければなりません。そんな中で、「ものを生み出している」という感覚を持ちながら仕事をできたら、あるいはものつくりに携われたら、めちゃくちゃかっこいいなと思うのです。

そうしてマエストロから生み出された印刷物たちに宿る「なにか」は、到底デジタル印刷に出せるものでないことは言うまでもありません。
外国に住むということはやはり大変なこともあります。悔しい思いをしたりいやな思いをすることももちろんありますが、でも心が震えて涙が出るくらいの人の優しさを感じたり、目を見開かされて鼻息があらくなるのがわかるくらいの新しい風が自分の中に舞い込んでくるときに、やっぱり異なる文化に触れるのは純粋に面白いと感じます。

そして、その年月が長くなればなるほど、人間レベルでは所詮みんな人なんだなぁというたくさんの共通点が見えてきて、それも単純に面白いと思います。

やっぱり最後は人の面白さに尽きる。そういうのが好きなのだなぁ、とあらためて感じています。
works
【今月の作品】
“MOVE & GROW”(シルクスクリーン)

居心地のいい場所にとどまるのは楽ですが、やっぱり成長を続けるためには動き続けることが必要なのだなと感じる今日この頃です。
profile
あみ りょうこ
版画家

1982年大阪生まれ、兵庫育ち。メキシコのオアハカ州での暮らしを経て、2020年から日本に。 ものつくりが好きで、オアハカで版画に出会い制作を続けている。
HP:https://amiryoko.wordpress.com/
instagram:ninjacco
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