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藤田 由布
婦人科医 レディース&ARTクリニック サンタクルス ザ ウメダ

婦人科医が言いたいこと 医療・ヘルシーライフ 2023-01-19
女32歳、ヨーロッパの医学部に入学
その②〜2年生までに150名の学生が留年する医学部〜

同級生は15歳年下だが、40カ国ほどの多国籍で多様な学校環境は割と居心地良かった。

しかし、三十路女の私には友達が少なかった。

が、どうでもよい。とにもかくにも6年間ストレートで卒業することに専念し、修行僧のごとく心を無にする覚悟を決めた。

孤独と闘いながらの私の医学部生活が2008年9月に始まった。あの時の私は、今からゾッとするくらい鼻息荒かった。
海外の医学部でガリ勉、1日18時間の猛勉強
1年生の時の同級生は350名。6年間ストレートで卒業して医師免許を取得できるのは全体の25%程度。

日本の医学部と比べて入学するのは比較的簡単で広き門だったので、卒業するのが狭き門となるのは致し方ない。

否が応でも猛勉強しないと進級できない。

1年間の学費は約80万円。私は自分の貯金を全部はたいて来てるんだ。1年でも無駄にしたくない。

「絶対に留年せずにストレート卒業するぞ!」と腹を括って、寝る時以外は机にかじりつくガリ勉ぶり。

試験に落ちるのが怖くて、留年が怖くて、教員の顔を見るだけでも震えてしまう日もあった。

※大学キャンパス内は自習できるスペースがそこらじゅうにある
東欧の医学部の試験は主に口頭試験。教官と向かい合って座り、どんどんと質問を浴びせられて即座に答えなければならない。

厳しい試験官は、その学生がどんなに努力したかなど関係なく、試験中のパフォーマンスが全て。容赦なく落第点をつけて留年を宣告してくる。

医学部1年生1学期の最大の関門は「Biophysics」。これは生物物理学という学問で、日本の医学部にはこの教科は無いらしい。

生物物理学とは、ざっくり言うとレントゲン器材やCT、MRIのしくみを分子構造から理解するといった内容。理系の学生にとっても難しい学問だった。

電子顕微鏡や蛍光法といった、今まで興味すら持ったことない領域を、見たことない方程式や計算式を使って解析するわけだから気が遠くなる勉強だった。

私は学期中の生物物理学の試験で点数が足りず、1回しかない追試験のチャンスに挑んだ。300個ほどの方程式や定義文を丸暗記して、頭の中はBiophysics一色で試験を受けたのを覚えている。とにかく気合いだった。
全教科の授業は英語 

※数少ない私の友達アイスランド人のリンは学年トップの優等生 2014年
教科は全て英語。すべての先生が英語で授業をする。ハンガリー人の教員は皆んな流暢な英語をしゃべるが、ハンガリー人はどちらかというとドイツ語を話す人の方が多い。

ハンガリー人は誇り高き民族で、たくさんの天才を創出していることを国民自身も自負している。実際にハンガリーは世界で最も多くのノーベル賞の受賞者を輩出した国である。

ハンガリーは親日国で、医学部のお偉い先生方の中でも日本に留学したことがある人が多かった。

遺伝学の教授は「日本のビールは世界一美味しかったよ」と声をかけてくれた。また、解剖学のアンタール教授は「日本に2年ほど留学したけど、本当にすばらしい国だった」と言ってくれたので、お土産にワンカップ酒をあげたら喜んでくれた。
1〜2年生は約150名の学生が落とされる

※医学部キャンパスは各科の建物が別々なので教科ごとに学生みんなで大移動
医学部の1年〜2年次の主な授業は以下のとおり。太字は難関科目(選択科目や一般教養科目は省略)

【1年次】
1年生1学期
Biophysics 生物物理学 8単位
Medical Chemistry 医化学 11単位
Medical Latin 医学ラテン語 2単位
Medical Psychology1 医療心理学 2単位

1年生2学期
Anatomy 1 解剖学 8単位
Medical Genetics 遺伝学 4単位
Molecular Biology 分子生物学 5単位
Cell Biology 細胞生物学 6単位

※解剖学・組織学・発生学の授業で使う組織学教科書
【2年次】
2年生1学期
Anatomy 解剖・組織学・発生学 11単位
Biochemistry 1 医化学 7単位
Medical physiology 1 生理学 7単位

2年生2学期
Biochemistry 2 医化学 7単位
Medical physiology 2 生理学 9単位
Neurobiology 神経生物学 8単位

太字の教科は多くの学生が留年してしまう難関科目で、試験官の教授も厳しく、一夜漬けの勉強では決して合格できない大変な試験だ。

特に、2年次の解剖学では落第する学生が多く、3年生に進級できない学生が「こんなに厳しいなら他の大学へ編入する」といって、近隣のポーランドやルーマニアの大学医学部へ再編入する学生も何人かいた。

また、2年次でドロップアウトしてしまい、もうこれ以上精神力が持たないと諦めて祖国に帰って行く学生も大勢いた。2年次で踏ん張れるかどうかが、当時のハンガリーの医学部の大きな関門といっても過言ではなかった。
 

※解剖学の校舎の重い扉、試験の日は一層重く感じる
解剖学の試験は、実際にご遺体を前にしつつ、試験官が「この血管の名前は?どこに繋がっている?」「この筋肉の層を動かす神経との繋がりを説明して」「この臓器の組織学と発生学の要約を説明しなさい」などと指し示しながらの口頭試問。

私の解剖学の中間試験は、手首の小さな8つの骨を人体のそれと同じ配置に並べさせられ、全部の名称を答えるといったもので、手根管症候群における骨と神経血管と靭帯のしくみについての質問を浴びせられた。
神様のように優しい試験官、その名はジーザス
解剖学の試験官は計10名くらいいて、その中で一人すごく優しい先生がいた。その先生のニックネームは「ジーザス」。

ジーザスは優しい面持ちで、緊張して試験に挑む学生をリラックスさせてくれる。

一生懸命問題に答えようとしている学生にヒントまでくれる神のような先生で、実際にイエス様のような風貌だった。

試験官がジーザスにあたればラッキーだが、そうは簡単にはいかない。

試験の時、皆んなジーザスのそばに近づこうとするが、そんな学生を、最も厳しくて有名なアンタール教授が「そこの学生、こっちにいらっしゃい」と連れて行くこともあり、アンタール教授に連行される学生の顔色が一気に青ざめるといった風景をよくみた。

※キャンパス内に植えられたラベンダーに癒される
ハンガリーの大学の試験は、学生はみんな正装で望まなければならない。男性は皆んなスーツにネクタイ姿。試験というのは正式で厳粛な面持ちで挑みなさい、という意味なのだろう。
口頭試問のテーマは、くじ引き

※口頭試問のテーマが書かれた白いカードがずらりと並べられる
解剖学の最終試験は、くじ引きでテーマが与えられる。

40枚の裏向けられた白いカードがあり、それぞれ肝臓、脊髄、子宮、心臓、腎臓、脊髄、卵巣、肺、胃、腸管、四肢、膵臓、などと試問テーマの臓器が書かれている。くじで引いた臓器における解剖、責任血管、神経、発生、組織について10分間ほど即席プレゼンしなくてはいけない。

プレゼンをする際にA4の白紙を使用してもよい。何を試問されても即答できるように、予め思いつくことを書き留めておいても良い。

試験の順番がまわってくるまで5分間ほど猶予時間があり、くじでひいた臓器に関連したことをダダダーっと書きまくる。絵を書いても良い。
私の解剖学の最終試験は、クララという女性教授が試験官だった。

残念なことに、私たちの試験の日にジーザスの姿はなく、学生たちみんなで「ジーザスいないのかよー!」って落胆したのを今でも覚えている。

私のすぐ前で試験の順番がまわってきたナイジェリア人のジョージがひいたくじは「精巣」。彼は「チッ、小さい臓器の方が細かいことを試問されるんだよな」と落胆した模様。

そして私がひいたくじは、なんと「陰茎」。つまりペニスのこと。

周囲が笑い声に包まれた。ジョージが私を指差して「ユウ、うらやましいよ!俺がペニスをひきたかったよ!」と。

私はA4用紙に大きなペニスとその断面図を描いて、その細かい解剖、発生の背景、断面図の組織学、包茎の機序、勃起と血管の変化のしくみを必死に試験官クララ教授に説明した。

ジョージが横耳で私の説明をききながら、試験終わりに「ひーっひっひ、お前うまく絵を描いたよな!上手な説明だったよ!」と笑いながら絶賛してくれた。

私も彼に「確かに、精巣よりペニスの方がダイナミックにプレゼンできるので、クジ運に助けられたわよ!」と言ってやった。

※ジョージは私をいつも助けてくれたナイジェリア人の同級生。親が外交官でスウェーデンで育った。
こんなふうに、くじ運にも恵まれながら、私は3年生に進級することができた。
黒いビニルから出てきた「人体の頭部」
解剖の時間では、何度も驚かされることがあった。

ハンガリーの大学はありがたいことに、学生が直に触れて学べる環境が整っていた。

死後に自身の身体を医学部に無償で提供しようとする篤志行為である「献体」の数が実に多い。献体のおかげで私たち医学部生は、いつも本物のご遺体で解剖を学ぶことができたのだ。

日本では大勢の学生に1体のご遺体で解剖を学ぶそうだが、私たちは2〜3人の学生で1体のご遺体をしっかり解剖することができた。
ある時、3体の献体が上下に積み上げられていたことがあり、なんぼ安置場所がない狭い場所であってもご遺体を重ねて置くなんて!と学生たちみんなで抗議して、ご遺体を横並びに置き直したこともあった。

人体頭部の中の脳神経を学ぶ解剖の時間には、一人ずつ目の前に黒いビニル袋の物体が置かれていて、その中には人間の頭部のみが入っていたこともあった。

授業中に先生が「はい、袋から頭を取り出してくださーい」と言った時は、学生みんな目を見開いて「え?この中に頭が入ってるの?」と恐る恐る袋を開けた。

黒のビニル袋から人体頭部を取り出すのだが、首から上の頭は思いのほかものすごく重く、髪の毛を掴んで引っ張って袋から取り出すしか方法がなかった。

※試験前は自習スペースが満員となる(撮影時は学期始まりでまだ自習モードではない)
解剖の授業を繰り返し受けていると、否が応でも慣れるし、肝も座る。

献体の有り難みを感じながらも、医学の洗礼を散々に受けるのが解剖学であると感じた。

※東欧各国の大学はEUの支援を受けているので設備は先進国レベル
私の孤独の医学部生活は、まだまだ先が長い・・・・・次号へ続く
profile
全国で展開する「婦人科漫談セミナー」は100回を超えました。生理痛は我慢しないでほしいこと、更年期障害は保険適応でいろんな安価な治療が存在すること、婦人科がん検診のこと、HPVワクチンのこと、婦人科のカーテンの向こう側のこと、女性の健康にとって大事なこと&役に立つことを中心にお伝えします。
藤田 由布
婦人科医

大学でメディア制作を学び、青年海外協力隊でアフリカのニジェールへ赴任。1997年からギニアワームという寄生虫感染症の活動でアフリカ未開の奥地などで約10年間活動。猿を肩に乗せて馬で通勤し、猿とはハウサ語で会話し、一夫多妻制のアフリカの文化で青春時代を過ごした。

飼っていた愛犬が狂犬病にかかり、仲良かったはずの飼っていた猿に最後はガブっと噛まれるフィナーレで日本に帰国し、アメリカ財団やJICA専門家などの仕事を経て、37歳でようやくヨーロッパで医師となり、日本でも医師免許を取得し、ようやく日本定住。日本人で一番ハウサ語を操ることができますが、日本でハウサ語が役に立ったことはまだ一度もない。

女性が安心してかかれる婦人科を常に意識して女性の健康を守りたい、単純に本気で強く思っています。

⇒藤田由布さんのインタビュー記事はこちら
FB:https://www.facebook.com/fujitayu
レディース&ARTクリニック サンタクルス ザ ウメダ 副院長
〒530-0013 大阪府大阪市北区茶屋町8-26 NU茶屋町プラス3F
TEL:06-6374-1188(代表)
https://umeda.santacruz.or.jp/

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