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藤田 由布
婦人科医 レディース&ARTクリニック サンタクルス ザ ウメダ

婦人科医が言いたいこと 医療・ヘルシーライフ 2021-10-07
一夫多妻の村で暮らしてみました。その①

一夫多妻制。一人の男が複数の嫁を娶(めと)る。

日本で生まれ育った我々にとっては受け入れ難い、なんとも不公平で不平等な “考えられへん” 制度である。

村の結婚式に参列して一緒に踊る
一夫多妻なんて絶対ありえへんわ...。こう思うのが私達の”普通”である。

西アフリカのニジェールという国の奥地で、長年私が過ごした村落は、現在も一夫多妻はごく一般的な慣習であり、珍しいことではない。

一夫多妻の家庭の妻たちの本音の部分に、私はとても興味を持った。

私は村に住み込み、現地語(ハウサ語)を習得し、彼女たちと同じように田舎生活をして、家庭の間近に入り込んで、この摩訶不思議な「一夫多妻」の実態を探ってみた。

そこで見た一夫多妻で生きる女性たちは、私が想像していたものとは少し違っていたのだ。
世界で最も貧しい国、ニジェール
国連開発計画(UNDP)の人間開発指数によると、世界189カ国中、ニジェールは189位 (2020年資料)。

ニジェールは、世界で最も貧しい国である。

この人間開発指数(Human Developent)というのは、その国の平均余命、教育、識字、所得、ジェンダー開発指数などの複合的な統計で表した人間の豊かさランキングである。(参照:人間開発指数

ちなみに、日本の人間開発指数は世界で189カ国中、19位。イスラエルやオーストリアと横並びである。

最貧国ニジェールは、摂氏40℃超えの焼けるような酷暑に、年々深刻化する砂漠化、数年おきにやってくる飢餓、世界最悪の妊産婦死亡率に乳幼児死亡率。ニジェールの貧困は昔も今も深刻である。

資源がない、環境が過酷、そして村には衛生な飲料水がない。医者がいない。ニジェールは見るからに貧しく、いとも簡単に人がすぐ死んじゃう光景をなんども見たのだった。

しかし意外なことに、こんなに厳しい環境下で生きるニジェール人女性たちなのだが、貧困で喘ぐ悲壮感というより、むしろ力強く精力的で命みなぎる出立ちだったのだ。

そして、そんなニジェール人女性たちが、すごく印象的で格好良かったのだ。
そこでこう思った。

はて、一夫多妻のシステムは、ここの女性たちにとって悪いことばかりではないかもしれない、と。

もちろん、一夫多妻制の脆弱な側面も垣間見ることとなったのは言うまでもない。
親友のアイシャトゥは第二夫人になることを選んだ
ニジェール人の親友アイシャトゥから突然「第二夫人としてお嫁に行くんだ」と告げられた時、正直ショックだったが、これが一夫多妻の研究を始めるきっかけとなった。

料理が上手なアイシャトゥと私(2000年)
アイシャトゥは、私と同い年。私がニジェールで仕事する時にいつも助けてくれた。

彼女は高校卒業後に専門学校で公衆衛生を学び、NGO職員としてバリバリ働いていた。

聡明でしっかり者のアイシャトゥは、私のたどたどしいフランス語でも、何が言いたいのかを瞬時に察知して、優しく訂正してくれた。意見をしっかり持ち、誰からも好かれる明るい女性だ。

アイシャトゥと一緒に聞き取り調査をした時の写真
そんなアイシャトゥが、“第二夫人”として結婚することになったのだ。

当時アイシャトゥは25才。ニジェール人女性の“平均的な婚期”からは少し過ぎているが、結婚するには良い頃合いである。

西欧の感覚も通じる、世界情勢にも明るいアイシャトゥが‘第二夫人になる’なんて...。

ある日、アイシャトゥが新郎を紹介してくれた。

びっくりした。

お世辞にもカッコいいとは言えない丸刈りのオジサンだったのである。がっしりした長身で優しそう、と褒めてみた。10才近く年上なのだそうだ。

その新郎というオトコは学校教育を受けていないが、車両を2台所有している運転手だそうだ。要するに、ある程度のお金は持っており、地域では平均よりは少し裕福なオジサンだ。

アイシャトゥと私。いつも一緒に活動していた。
私「おめでとう。でも、正直いってあなたが第二夫人で嫁入りするとは驚いたわ。」

ア「びっくりしたでしょ。子供もできたのよ」

私「うわぁ!おめでとう!生まれたら抱っこさせてね」

ア「もちろんよ」

そんな会話が続き、話は少しずつ深くなっていき、多くは忘れたが、こんな会話をしたのは覚えている。

私「あなた、いつか外国に行って、私みたいに国際的に仕事をしてみたいって言ってたよね?」

ア「そうね、ニジェール人として生まれたので、そんなにたくさんの事が実現するとは思っていないの」

私「第一夫人と仲良くしているの?」

ア「アハハハ、仲良くも仲悪くもないわ。夫が私たちに平等に振る舞ったら家内は安定よ!」

私「夫のことを信頼している?夫を尊敬している?」

ア「夫は教養がないから賢いとは言えない。夫より私の方が断然賢いわよ。家庭の主導権は私が握っているかもしれないわね。ふふふ。」
アイシャトゥは正直だし、肝が座っている。彼女との会話は、いつも実におもしろかった。
彼女は今、どこでどうしているんだろうか。

アイシャトゥは私と同じ年齢。全く違う価値観で違う環境で、同じ時代を生きているのである。

アイシャトゥにすごく会いたい。
アフリカ文化とイスラム文化の一夫多妻制
一人の夫が複数の妻を持つ『一夫多妻』は今でも世界中のあちこちで存在している。一方、一人の妻が複数の夫をもつ『一妻多夫制』は世界であまり類をみない。

ごく稀であるが『一妻多夫制』はチベットや南インドで存在するらしく、ここでは兄弟同士で妻を共有したり、妻が夫たちの間を巡回して訪れる慣習もあるらしい(Brydon and Chant, 1989:57)。

なるほど、いろんな夫婦の形があって然るべきであるが、『一夫多妻』も『一妻多夫制』も、私たちの通念からは正直、理解しがたい。

アイシャトゥの実家 彼女は大家族の長女である
アフリカのイスラム圏は広い。アフリカ大陸の総人口の約50%がイスラム教徒である。

イスラムがアフリカ大陸に上陸したのは11世紀。商人と聖職者がナイル川と砂漠を超えて、西アフリカ地域にイスラムを普及したのが起源である。

1000年も前からアフリカに根付いたイスラム文化は、土着文化と融合していることが多い。アフリカの一夫多妻制の慣習も、イスラム文化と土着文化が融合した概念が根底にある。

村人が協力し合って家を建てる
一夫多妻制は、イスラム教の聖典コーランにおいても許されている。ただし、孤児と未亡人を救済するために、と明記されているのである。

一説では、女性の人口が男性を上回るため、その均衡をとるために男性が複数の女性と結婚するようになった、とも言われている (Khan, 1995:115-8)。
アフリカ社会で一夫多妻制が普及したのは、イスラム教のほかに、文化人類学上の理由も考えられる。

アフリカの村落では畑仕事には人手が必要であり、妻が多い方が働き手となる子供の数も増やすことができるため、一夫多妻が普及したとも言われている (Leith-Ross, 1978:223)。

子供はロバに乗って水汲みに出かけるのが仕事
アワ畑・ヒエ畑の村で過ごした3年間

ガリンイッサンゴーナ村の子供たち 後ろの土壁の家に筆者は滞在していた
私が暮らしたアフリカの奥地の村は、ガリンイッサンゴーナという名前の村。

この村は、ニジェール国のザンデール県の市街地から10km東へ行ったヒエとアワの畑のど真ん中の100世帯ほどの小さな村である。
この村には電気も水道も学校も病院もない。5kmほど歩いた先にある溜池があり、池水を汲むのは子供の仕事である。
男も女も、朝から晩まで畑仕事。

女性は乳のみ子を背負って杵をつき、三食の食事の準備に追われ、暇さえあればピーナツ畑の仕事。洗濯掃除に家畜の世話、水汲み、近所の井戸端会議、丸一日が大仕事である。

炎天下での杵つきは過酷そのもの。

4〜5月のハルマッタンという砂嵐の季節に吹く熱風がひどい。風が暑くて痛いのだ。1秒でも木陰から出れなかったのを覚えている。暑すぎて気が遠くなるとは、このことだ。

働けど働けど、畑の収穫はすべて天雨の恵に委ねられる。その年の収穫は神のみぞ知る運任せである。

一夫多妻制は依然一般慣習であり、西アフリカ諸国では合法である
一夫一妻 vs 一夫多妻
私が村落で住んでいたのは小さい土壁の家で、およそ4畳半くらいの単身サイズ。砂土の床で、隅にマットレスベッドがあり、家の中はすごく涼しく居心地満点。多少の雨漏りは気にならない。

私の家の両隣には、左右どちらも大家族サイズの家。

右隣の家は、一夫一妻。妻のヒンダは働き者

右隣の家には、優しい顔した農家の夫と、妻ヒンダ(30代後半くらい)、子供が10人くらい。大きな土壁の家で、家族みんな一つ屋根の下で暮らしている。庭には大きなバオバブの木。

一夫一妻のヒンダと私 働き者のヒンダと夫は仲良し
ヒンダは、炎天下で休む暇なく延々と杵つきをしている。四六時中はたらく姿が印象的だった。

ヒンダは真面目な性格で、一息ついている姿を見せたことがなかった。朝は必ず家の庭を端から端まで箒で掃いてキレイにしていた。

ヒンダの長女が14〜5才くらいで、家事手伝いを進んでやっており、この子がまたすごい働き者なのでヒンダは助かっていたはずである。

ヒンダはこれまで10回妊娠したが、生きている子供は7人。そう、3人は1才になる前に死んでしまったのである。

左の家は、一夫多妻。2人の妻、ザイナブとアイシャは家事を手分け

一夫多妻の家族:右端が第一夫人のザイナブ(子供7人)、左端が第二夫人のアイシャ(子供3人)
一方、左隣の家には、一夫多妻の家族が賑やかに住んでいた。

少し気が荒いの商人の夫と、妻が2人。第一夫人ザイナブ(子供8人)、第二夫人アイシャ(子供3人)。

こちらの一夫多妻家族には子供が11人ほどいて、どの子がどっちの母親の子かは、顔を見たらどっちかに似ているので、面白いくらいすぐ分かる。

ここの敷地内にある家は大きいサイズで、家の中は何個かの部屋に分けられている。

第一夫人ザイナブの部屋と、第二夫人アイシャの部屋が別々に仕切られており、1つの大きな家の中のテリトリーがしっかり分けられているようだ。

2人の妻をもつ夫は、どちらもの部屋にも自由に出入りできる。ただし、妻たちは自分のテリトリーから出ることはなく、互いのスペースは尊重し合っているのだ。
村の女性の仕事は、畑仕事、水汲み、燃料あつめ、ミレット杵つき、食事の用意、洗濯、家畜の世話、小さな子供の子守、他にもたくさんの家事が課せられている。

私がこの村に住んでいた1999年頃、一夫多妻のザイナブもアイシャもどちらも妊娠していた。

そして2人とも背中には小さな赤ちゃんをおんぶしていた。しかし、この身重の妻たちは、2人で上手に仕事を分担して、木陰でお惣菜を並べて小さな商売をする余裕すらあった。

第一夫人のザイナブには、やんちゃな男児が5人ほどいて、皆んなガキ大将で賑やかだった。

えらいのが、どんなやんちゃな子供もロバに乗って水汲みの仕事を毎日サボらずやっていた。ガキ大将たちは家畜のヤギの世話も上手にやってのけていたのだ。
一夫多妻、一夫一妻、どっちがいいの?
アフリカ村落の家事は多い。妻が複数いた方が家事を分担できるので、一夫多妻の方が楽といえば楽である。

一夫一妻のヒンダの仕事の負担は明らかに多く、一夫多妻の妻たちよりも過酷な生活を強いられているようだった。

一方、複数の妻たちは子供の世話も上手にやってのけ、どちらかの妻が家にいる場合、自分は遠方まで商売の仕事に行けたりできるのだ。女性が自立して経済活動するにも打って付けなのである。

そこで妻たちに聞いてみた。「夫に妻が2人もいて本当に嫉妬しないの?」と。

そこで返ってきた妻たちの答えに驚愕。

「夫の相手を毎晩しなくて良いから、妻が複数いる方が助かるわ!」

ヒンダの三女 働き者の10歳
続きは次回「一夫多妻の村で暮らしてみました その②」へ
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全国で展開する「婦人科漫談セミナー」は100回を超えました。生理痛は我慢しないでほしいこと、更年期障害は保険適応でいろんな安価な治療が存在すること、婦人科がん検診のこと、HPVワクチンのこと、婦人科のカーテンの向こう側のこと、女性の健康にとって大事なこと&役に立つことを中心にお伝えします。
藤田 由布
婦人科医

大学でメディア制作を学び、青年海外協力隊でアフリカのニジェールへ赴任。1997年からギニアワームという寄生虫感染症の活動でアフリカ未開の奥地などで約10年間活動。猿を肩に乗せて馬で通勤し、猿とはハウサ語で会話し、一夫多妻制のアフリカの文化で青春時代を過ごした。

飼っていた愛犬が狂犬病にかかり、仲良かったはずの飼っていた猿に最後はガブっと噛まれるフィナーレで日本に帰国し、アメリカ財団やJICA専門家などの仕事を経て、37歳でようやくヨーロッパで医師となり、日本でも医師免許を取得し、ようやく日本定住。日本人で一番ハウサ語を操ることができますが、日本でハウサ語が役に立ったことはまだ一度もない。

女性が安心してかかれる婦人科を常に意識して女性の健康を守りたい、単純に本気で強く思っています。

⇒藤田由布さんのインタビュー記事はこちら
FB:https://www.facebook.com/fujitayu
レディース&ARTクリニック サンタクルス ザ ウメダ 副院長
〒530-0013 大阪府大阪市北区茶屋町8-26 NU茶屋町プラス3F
TEL:06-6374-1188(代表)
https://umeda.santacruz.or.jp/

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