関西で働く女性のライフスタイルマガジン［関西ウーマン］

日本歌曲に、「くちなし」という歌があります。

県立高校の音楽科に通っていた頃に、私はこの曲と出会いました。

この歌の歌詞は、亡き父が庭に植えたくちなしが、毎年香り高く咲き、花の後には実をつけ、年を追う毎に数を増やしていく･･･といった内容で、「くちなしの実は、熟しても口を開かないのだよ。」と教えてくれた父の言葉には、くちなしの実のように、ひたすらに焦がれ生きなさいというメッセージが込められていると歌ったものでした。

13歳で父を亡くした私にとっては、この曲を初めて聞いた時、父の姿が、歌詞の中に出てくる父の姿と重なり、是非とも歌いたい！と、先生にお願いして、指導して頂いたのでした。

それまで、イタリア歌曲かドイツ歌曲しか歌ったことが無かったので、この「くちなし」は、私にとって初めての、日本歌曲のレパートリーとなりました。

あれから20年。

先日、私に声楽を指導して下さった先生の訃報が届きました。

ピアノ科で入学して、1年目で挫折しかかっていた時、素質を見出して、初心者の私に声楽を教えて下さった先生。

2年生から声楽科に転科し、先生の指導を受けるようになったおかげで、その年のコンクールでは3位入賞という結果を残す事が出来、演奏会ではソロを歌わせてもらったり、大学は推薦で受験出来たり、その後の人生は大きく変わりました。

高校、大学生活を思い出すと、今でも輝いた思い出がいっぱいなのは、先生のおかげだと思います。

だけど、今の職業は、花屋。

お通夜と告別式の日程を教えてもらったのですが、どちらもお店の営業と重なって、訪問する事が出来なかったので、それなら、お花をお供えしてもらおうと思い、送る前に住所確認の為、20年前に教えてもらったご自宅の電話番号にかけてみると、懐かしい奥様の声が聞こえました。

元教え子です、と説明すると、「お葬式の日も生徒さんが沢山来て下さって、皆さん最後に歌を歌ってくれたんです。」と、最後のお別れの時の様子を話して下さったのですが、それを聞いて、私はとてもはっとしました。

卒業と同時に歌う事を辞めて、その後回り道をしながら、お花屋さんをやっているという今の私。

これまで歩んできた道のりは、決して過去を切り離したのではなく、選びながらここまで辿り着いたのですが、この時ほど、音楽から離れてしまった事を後悔した事はありませんでした。

それくらい、先生は私にとって、人生を変えるくらいの影響を与えた人だったのです。

今の私が出来る事は、今までの感謝の気持ちを込めて、お花を飾らせてもらうこと。

指導して下さった会話のやりとりを思い出して、鼻歌を歌いながら、お供えのお花を作りました。
 

「ほう、今は花屋なのか！」という先生の声が聞こえてきそうですが、自分の選んだ道は、歩んできた道の先にある事を忘れず、今でも輝いている思い出を胸に、今を輝かせたいと思います。

そして、くちなしの花を見て、香りを感じた時、これからは父の思い出と一緒に、先生を思い出すことになりそうです。

もうすぐやってくる新しい年は、どんな1年になるのでしょう。

皆さまにとって、素晴らしい年でありますように。