藤田 由布 産婦人科医 レディースクリニック サンタクルス ザ シンサイバシ 生理痛は我慢しないでほしいこと、更年期は保険適応でいろんな安価な治療が存在すること、婦人科がん検診のこと、女性にとって大事なこと&役に立つことを中心にお伝えします。 |
忘れられない患者 |
私にはいつも気になって仕方ない患者がいた。
その子は17歳のK子。少々込み入った事情がある子だった。 K子はいつも不貞腐れたような表情で、ぶっきらぼうに「せんせー、性病なったかもしれへんから診てーやー」と現れる。 上下パジャマのような格好で、毛玉だらけのスエット。偽物ブランドのポシェットを持って、はにかみながら話すK子。 時折見せる彼女の笑顔は、純情無垢で幼い。よく見ると純粋な目をしていて、時に「イヒヒヒヒ」とK子は悪戯っぽく笑う。 私が某クリニックを退職する時、最後の診療日にK子がやってきたのだ。 診察室に突然泣いて現れたて「今までありがとう、先生いなくなるの悲しいわ」 そう言って大きな紙袋を机に置いて、K子は鼻をすする。 「これ開けてよ。先生のために選んでんで。飾ってな。」 袋から可愛い飾り物人形が出てきた。 正直おどろいた。K子がこんな贈り物を突然してくるなんて。そして子供のようにウェンウェン泣きながら「先生、ありがとう」と何度も言ってくる。 K子からの贈り物 K子との初めての出会い
K子が17歳になりたての時、性暴力被害に遭ってうちのクリニックを受診した。
これが私のK子との初めての出会いだった。 K子は何も言わず、うつむきながら診察室に入ってきたのを覚えている。 K子の様相が余りにも変だったので、私もすぐに気付いた。 私「警察に言うたん?」 K 「言うわけないやん」 私「嫌なこと思い出させてごめんな。痛くないように診察するからな。」 K子が口を開いて話し出した。どうやら、こういうことだ。 以前に性暴力に遭った際、某市の警察署に駆け込んだら、余計に傷つくことを何度も質問されたことが思い出されるとのことだった。K子は、もう二度と警察は頼りになりたくない、と言った。 私は実際に、その某市の警察署に電話をしてみた。 「えー、それどこの話やのー、いつのー、被害者どんな子やのー、何があったか詳しくもう一回言ってみてー」
男性警察官のぶっきらぼうな対応に、私は一瞬で「だめだこりゃ」と悟った。 警察署という場所が性被害に遭った女性らの駆け込み寺になり得ないのがよくわかった。 根掘り葉掘り暴力の一部始終を想起されて尋問が繰り返される。文字通りの「セカンドレイプ」なのだ。 もう警察はどうでもいい、とさえ思えた。 私がK子と向かい合えば良いのだ。 K子は高校には通わず、彼氏の家に居候しながら、いくつもアルバイトを掛け持ちして生計を立てていた。 一通りの検査をしてから、不貞腐れて自暴自棄になっている17歳のK子の現状に耳を傾けてみた。 施設で育ち、学校にも行かず、周囲にまともな大人が居ないのが一目瞭然だったのだ。他県にいる実母と電話で会話したが、他人の子のようにK子のことに関心ないのだ。
私の外来に頻繁に現れるようになったK子。毎回、屈託ない笑顔で「せんせー、きいてー」って近況を知らせてくれる。 あどけない17歳
K子が私の外来に通い始めて一年くらい経ったある日、K子が診察室に入るや否や「多分、あっし性病やわー、ひゃははっ」と。
私が「なんでそう思うん?」と尋ねると、K子は内診台に乗りながら「ちゃうねん、彼氏の陰嚢がぱんぱんに腫れててん、アカンおもろい、ひゃーーっはっは!」と。 K子の誘い笑いに、私はまんまと誘われ、吹き出してしまった。 隣にいた看護師さんも2人とも「ぷぷぷぷーーーっ」。そして診察室は大爆笑の渦に。。。 とっさに私は「笑ってる場合じゃないけど、あかん、ごめん、笑ってもうたがな!」K子は、正気を取り戻したのか、「せんせー笑わんといてやー!」と。 K子は定期的に私の診察室を訪れる、いわば常連の変わった子だったのだ。 しかし、なぜに何度も私の診察室に現れるのか、当初は不思議で仕方なかった。 18歳の誕生日「やっと正式に風俗で働けるわ」
K子が18歳になった誕生日の9月のある日、いつものように上下のジャージに派手なハンドバッグをぶら下げてやってきた。
「今日誕生日やねん、先生におめでとうって言って欲しいから来てんで」と。 「今日はどっかでお祝いするの?」と尋ねると、 「やっと18になったから、今から風俗の面接に行ってくるねん」と、K子がいう。 この子はこれを言うためにわざわざ私に会いにきたのだろう。 K子からのSOS
「せんせー、ライン交換してーやー」とK子から何度か催促されたが、K子との個人的な関わりは敢えて控えていた。
しかし、この子が用事がないのに何度も診察室に現れたのは、何かのSOSを発しているのだけは感じていたわけで。 18歳になったら性風俗で働ける、誕生日にそんな報告をひっさげて私に会いに来るとは、本当の思惑は何なんだろうか。止めて欲しかったのか。心配して欲しかったのか。 それとも、ただの自暴自棄なのか。 K子にはM子という性風俗で勤める友達がいた。K子とM子は表面上は仲良いが、全く正反対の性格で、率直にあまり気が合いそうではない2人だった。
K子は「M子がやってる仕事よりかは、私の方が高級でインテリ相手にしているから給料も倍くらいなんよ」としきりに言っていた。 確かにK子は目を見張るくらいに美しい子だった。しかし、喋ると幼さが際立ってしまい、まるで親戚の子供と話しをしているみたいだった。 K子は弁護士や会計士などが顧客で、お客からどんな要望を受けたかを聞いてもないのに喋ってくる。あまりにも胸糞悪くてここには書けない。 「せんせー、診察代ちゃんと取ってやー、わたしお金いっぱい持ってるからなー」と言って財布まで見せてきたが、その度に私の心が痛むのだった。 K子は診察して欲しいのではなく、ただただ自分に構ってくれる大人に会いにきているだけなのだ。 私はどんな患者さんも公平に全員が大事であり、平等一辺倒である事に自信あったが、K子だけは次元が違うのだった。
K子は、患者さんが大勢いる混雑した日には決して受診しに来なかった。 のちに受付の職員から聞いたのだが、K子は受診の際に「藤田先生って今すごく忙しそうにしてるなら、また改めて後日来院します」と毎回尋ねていたのだった。私は最後までこれを知らなかった。 そんなK子が、私が辞めるのを知って診察室で泣きじゃくり、鼻水すすりながら「ありがとーなー、せんせいー、ありがとうやでー」と何度もお礼を言ってきた。 さすがに胸がつまってしまった。 K子が普段どんな生活をしているか、本来なら私には関係ないことだが、時折思い出してはK子がちゃんと生活しているのか、すごく気になる。 最近ふと思う。最近、K子は成人になった頃だ。 K子はまだ若い。これから、いくらでも化けれる。 彼女には強く生きて欲しい。 |
藤田 由布
産婦人科医 レディースクリニック サンタクルス ザ シンサイバシ 院長 大学でメディア制作を学び、青年海外協力隊でアフリカのニジェールへ赴任。1997年からギニアワームという寄生虫感染症の活動でアフリカ未開の奥地などで約10年間活動。猿を肩に乗せて馬で通勤し、猿とはハウサ語で会話し、一夫多妻制のアフリカの文化で青春時代を過ごした。 飼っていた愛犬が狂犬病にかかり、仲良かったはずの飼っていた猿に最後はガブっと噛まれるフィナーレで日本に帰国し、アメリカ財団やJICA専門家などの仕事を経て、37歳でようやくヨーロッパで医師となり、日本でも医師免許を取得し、ようやく日本定住。日本人で一番ハウサ語を操ることができますが、日本でハウサ語が役に立ったことはまだ一度もない。 女性が安心してかかれる婦人科を常に意識して女性の健康を守りたい、単純に本気で強く思っています。 ⇒藤田由布さんのインタビュー記事はこちら FB:https://www.facebook.com/fujitayu レディースクリニック サンタクルス ザ シンサイバシ 〒542-0085 大阪府大阪市中央区心斎橋1-8-3 心斎橋パルコ10F TEL:06-6253-1188(代表) https://shinsaibashi.santacruz.or.jp/ |
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