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藤田 由布 婦人科医 レディース&ARTクリニック サンタクルス ザ ウメダ
生理痛は我慢しないでほしいこと、更年期は保険適応でいろんな安価な治療が存在すること、婦人科がん検診のこと、女性にとって大事なこと&役に立つことを中心にお伝えします。
婦人科医が言いたいこと 医療・ヘルシーライフ 2021-10-21
一夫多妻の村で暮らしてみました。その②
6人に1人は、5才以上生きられない
乳幼児死亡率とは5才未満の死亡率をいう。

1997年データでは、1000人中320人亡くなった。2013年データでは、1000人中167人亡くなった。改善したといえども、この数字である。

先進国の日本の乳幼児死亡率は、1000人中、1.9人である。ニジェールの子供はすぐに死んでしまうのだ。

栄養失調、マラリアなどの感染症が主な死亡原因である。また、医療機関にかかる前に原因不明の病で亡くなることも少なくない。

ハウサ族の村落地域の親子
この村には学校はない。小学校は5km以上離れた隣村に1校ある。

私がこの村に住み始めてから1年経ったころ、ザイナブとアイシャの一夫多妻家族の子供2人が学校に通始めたのである。この時、この家庭の大黒柱の夫が言った一言が印象的だった。

『うちの家の長男は、水汲みの仕事が役割だった。しかし弟たちが大きくなり、1人でロバにのって水汲みに行けるくらいに成長した。だから、長男に時間ができたので学校へ通えるようになった。』

子供はロバに乗って水汲みに出掛けるのが仕事
なるほど、一夫多妻の家族の方が子供の数が多く、子供たちの仕事量が分担できることで、上の子に時間の余裕ができて学校に行けるようになったのだ。
子供は多けりゃ多いほど良い
妻であれ、子供であれ、家族のメンバーが多ければ多いほど、多くの家事を分担でき、それぞれが余裕をもつことができるのだ。

言い換えれば、家族の安定とは家族構成メンバーの量に比例しているのである。

アフリカ奥地の伝統的な慣習は、女性に多くの家事の負担があるのは否めない。

しかし、この一夫多妻制という一見不条理なシステムを、現地の女性たちは逆手にとってうまく活用しているかのようにも見える。
一夫多妻制のポジティブな側面として、女性たちは女性同士で結束し、家事と子育てをシェアし、夫の要求でさえもシェアする。

この村の感じからは、どうも女性が抑圧された風には見えないのだった。

一夫多妻のシステムを男性が好き勝手に悪用している感じも、しなかったのである。
急死したヒンダの長女

ヒンダの長男13才くらいで隣村の従姉妹のお嫁をもらった
2000年のある暑いハルマッタンの日。

ハルマッタンとは、西アフリカ内陸のサハラ砂漠周辺の国々に毎年4月頃に訪れるひどい熱風砂嵐の季節。

ニジェールのザンデール県の東へ20km奥地へ入った100世帯ほどのガインイッサンゴーナ村。暑くて眠れず、簡易ベッドを外に出して涼んでいた。

夜中の12時くらいだったか、突然に隣の家から大勢のギャーという声が聞こえてきた。手をパンパンと叩き、地面を殴るように全員がのたうちまわっているではないか。

大人も子供も隣の家の全員が地面を這いつくばって、泣き喚き暴れている。2才のハビブー君も手足をばたつかせて泣きわめいている。
何が起こったかさっぱり分からなかった。まるで集団ヒステリーのようだった。

どうやら、隣家のヒンダの長女が初めての出産を迎えていて、分娩時の出血が止まらず都市部の病院へ搬送したが、間に合わず母子ともに命を落としたのだ。

その長女と赤ちゃんの訃報が村に届き、ショックを受けて皆で嘆いているのだ。

声もかけれないほどだった。ヒステリックに大騒ぎしている異様とも言えるこの凄まじい光景に、私は、ただ、たじろぐばかりだった。
集団による大泣きは1時間ほど続き、その後だんだんとフェードアウトしていった。

驚いたのは次の日の朝。

6時くらいに目が覚めると、いつも通りの朝。

いつも通りに隣の家からにこやかな声で、「おはよー、今朝も元気かい!」、「疲れはとれたかい!」、「水は飲んだかい!」、「友達も元気かい!」と、いつもの長い挨拶が繰り広げられるではないか。

長男のガボール君も笑顔で「マダーム、おはよー、水は足りてるかーい?」
たった5時間ほど前まで夜中にあんな事件が起こったのに・・・この人たちは正気か?

数ヶ月経った後に、長男のガボール君に尋ねてみた。「あの時、どうして皆んなで泣き喚いて、次の日にケロッと何もなかったように振る舞ったのか?」と。

どうやら、こういうことらしい。

「悲しい時は皆んなで悲しさを表現し、それが済んだらもう泣かない」、と。

出産は命懸け。ニジェールでは年間14,000人の妊婦さんが死亡している。毎日14人もの若い尊い身重の女性の命が失われている。

こうしている今日も14人死んで、明日も14人死ぬのだ。

集団ヒステリーのように大袈裟といえるくらい皆で泣き喚いた後は、もう哀しみに浸ってばかりはいられない。泣くな、生きろ、と励まし合うのである。

ここはたくさん死ぬ。死に近いところで生きていると、泣いてばかりでは日が暮れてしまう。この厳しい環境の中で生きて行くには、いやというほど強くならなければならない。

ニジェールの妊産婦死亡率は世界最悪だ。出生10万件あたり1800人死亡する。SDGsでは2030年までに出生10万件あたり70未満にするのを目標としているが、1800を70未満にするには実現可能なのか想像がつかない。数字から現状を想像するのも難しい。

要するに、こうだ。ニジェールの女性たちは常に死と隣り合わせで生きている。

死がこんなに近いところにあるからこそ、生きる意味を日々肌身で感じて懸命に生きる。

死に慣れているわけではないが、死を受け入れることの意味を誰よりも知っている人たちなのである。

この子達は今30代になって村のリーダーとなっているはず
しかし、私の本音はこうだった。

ニジェール人達は強すぎる。

娘と赤ちゃんが同時に死んだのだ、悲しみに暮れて何日も傷心で打ちひしがれてしまうのが普通なんじゃないか、と。

村の診療所 看護師と衛生士のみが常駐
一夫多妻制の離婚は意外と少ない?
一夫多妻制の家庭は、一夫一妻制の夫婦よりも離婚率が低いという説がある。(参照:Caldwell, Caldwell, and Quiggine, 1989, cited in Turshen, 1991:112)

また、一夫多妻制は、未亡人やバツイチ女性にとっては次なる結婚を早めてくれる、とも言われている。

1人目の婚姻関係にある妻との関係を継続させながら、2人目との関係を堂々と正当化できる、という観点からは、そりゃ離婚率は低くなるだろう。当然だ。

しかも、貧しい国の女性は男に養ってもらわないと生きていけないのだ。この国では女性から離婚を切り出すなんてとんでもない。

村の女性はおしゃれ
そりゃ、この「一夫多妻は離婚率が低い」説がまかり通るのも無理はない。

もし1人目の妻が不妊症であっても、2人目の妻との子供を家族みんなで育てることとなり、1人目と離婚する理由がなくなる、という‘利点’もある。

アフリカの田舎の家庭では、社会的および経済的な安定は、子がなければ実現しないのである。
一夫多妻制を正当化することとは、「女性の従属」と「男性の特権」という方程式において成り立ったもののようだ。

女性は夫の富に依存することを余儀なくされている。婚姻関係をもつことは、女性と子供が社会的安定を得る唯一の方法なのだ。

女性の方から離婚を切り出すだなんて、無論ありえないのである。

少女たちは思春期で結婚し、教育も受けたことがなければ、自立して仕事ができるスキルでさえない。離婚したら、子供は夫に属するので、妻は子供を手放すことになる。

やはり、女性から離婚を切り出すのは、ありえない選択なのである。
妻たちの見えない争い
複数の妻が一つの家庭にいると、特殊な気持ちが働くようである (Fainzang and Jounet, 1988)。

夫との間に子を授かることは、夫婦の絆を強め、子供の数が増えるほど更に夫婦の絆が深まる。

だから、一夫多妻の家庭では、1人目の妻が妊娠すると、もう1人の妻も妊娠したいと思うのである。

このように妻たちの間では常に‘妊娠・出産’に対する競争心が駆り立てられるのである。

若くして結婚すれば授かる子供の数も増える。これは、若年女性の結婚にも影響しており、一夫多妻制の社会においては特にそうだ。

しかし、母体へのリスクを考えると、妊娠の間隔は少なくとも1年は空けるべきである。

妊娠の間隔が1年未満だと、母体合併症のリスクが高くなり、母親の妊娠に伴う死亡率が高いことがわかっている。

また、妊娠間隔が短いと、新生児の死産リスクも上昇し、生後1年いないの死亡率も上がり、出生児体重の低下、早産などのリスクも上がるのである。

若すぎる少女の結婚は、若すぎる妊娠にも繋がる。

若すぎる妊娠は、妊娠高血圧症のリスクが高く、早産や児の出産時低体重となることが多い。若年出産では、骨盤も未熟であることから妊娠中の合併症も多い。

このように、一夫多妻は、女性の健康にもダイレクトに関連しているのだ。
ハディーザは離婚を選んだ
私の職場である保健局に、オシャレでユーモアのある秘書のハディーザがいた。
ボソっという一言が面白く、モノマネも上手で、彼女は冗談を言ったあとの真顔がコメディアンばりに面白かった。

36才、働き盛り、仕事がテキパキで要領が良いハディーザは、職場のどんな人からも人気で、圧倒的な信頼を置かれていた。育ちも良さそうだ。

ハディーザの夫は保健省地方局の公衆衛生課の課長で、長身強面だがスタイル抜群のエリートのイスマイル氏。ハディーザと夫イスマイル氏は、仲良くオシドリ夫婦で有名だった。

ある日、職場の昼休みに木陰で涼んで子供をあやしているハディーザが、同僚の女性たちと暗い顔して話し込んでいた。

私もそっと隣に座ったら、ハディーザがこう言ってきた。
ハディーザ(以下、ハ)「夫が、第二夫人をもらうことを私に相談なく決めたのよ」

私「えー、相談なし?!あなたはその女性のことを知っているの?」

ハ「知らない。私よりも、うんと若い子なんだって。やってられないわよ。」

私「あなたは抵抗したの?」

ハ「言っても、夫が聞く耳持つわけないじゃない。」

私「じゃあ、あなたは第二夫人を受け入れるの?」

ハ「私は絶対にいやだから、離婚するしかない。子供は私が連れて行くわ」

私「慰謝料もらえるの?」

ハ「慰謝料?それ、なに?」
かれこれ20年前の話だが、衝撃を受けたのを覚えている。ニジェールには、離婚における慰謝料というものが、ないらしい。

続きは次回、「一夫多妻の村で暮らしてみました。その③」へ
profile
全国で展開する「婦人科漫談セミナー」は100回を超えました。生理痛は我慢しないでほしいこと、更年期障害は保険適応でいろんな安価な治療が存在すること、婦人科がん検診のこと、HPVワクチンのこと、婦人科のカーテンの向こう側のこと、女性の健康にとって大事なこと&役に立つことを中心にお伝えします。
藤田 由布
婦人科医

大学でメディア制作を学び、青年海外協力隊でアフリカのニジェールへ赴任。1997年からギニアワームという寄生虫感染症の活動でアフリカ未開の奥地などで約10年間活動。猿を肩に乗せて馬で通勤し、猿とはハウサ語で会話し、一夫多妻制のアフリカの文化で青春時代を過ごした。

飼っていた愛犬が狂犬病にかかり、仲良かったはずの飼っていた猿に最後はガブっと噛まれるフィナーレで日本に帰国し、アメリカ財団やJICA専門家などの仕事を経て、37歳でようやくヨーロッパで医師となり、日本でも医師免許を取得し、ようやく日本定住。日本人で一番ハウサ語を操ることができますが、日本でハウサ語が役に立ったことはまだ一度もない。

女性が安心してかかれる婦人科を常に意識して女性の健康を守りたい、単純に本気で強く思っています。

⇒藤田由布さんのインタビュー記事はこちら
FB:https://www.facebook.com/fujitayu
レディース&ARTクリニック サンタクルス ザ ウメダ 副院長
〒530-0013 大阪府大阪市北区茶屋町8-26 NU茶屋町プラス3F
TEL:06-6374-1188(代表)
https://umeda.santacruz.or.jp/

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