榛名由梨さんにお聞きする「ヒゲの二枚目」誕生譚 |
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先月、宝塚大劇場では星組『ガイズ&ドールズ』が上演されました。 ギャンブラーを主人公にした作品ということもあってか、 多くの二枚目男役さんがヒゲをつけていました。 この公演に限らず、最近の宝塚歌劇では、 主役級の男役さんがヒゲをつけることが珍しくありません。 しかし、かつては宝塚歌劇でヒゲをつけるのは、 おじいさん役や、敵役など、脇役のベテランだけだったのです。 主役の二枚目がヒゲをつけることがあるとしても、 ショーの一場面で可愛らしいおじいちゃんを演じるなど、 遊びの要素がある場合に限られていました。 そんな「常識」を覆し、新しい男役のありかたを方向付けたのは、 元月組トップスターの榛名由梨さん。 今月は、不朽の名作『風と共に去りぬ』のレット・バトラー役で、 主役として初めてヒゲをつけることになった榛名由梨さんに 当時のことをお聞きしました。 榛名さんは昭和38年、宝塚歌劇団に入団後、 月・雪合同公演『ウエストサイド物語』の”アクション”役で頭角を現し、 ダンスで実力を発揮することになります。 昭和48年に月組トップスターに就任。 翌年昭和49年8月の『ベルサイユのばら』初演で、 男装の麗人・オスカルを演じ、社会現象ともなった「ベルばらブーム」の 火付け役となりました。 昭和52年『風と共に去りぬ』では初代レット・バトラーを演じ、 初めてトップスターが口髭をつけることで大きな話題を呼びました。 安奈淳さん、汀夏子さん、鳳蘭さんとともに「ベルばら四強」と呼ばれ、 宝塚歌劇の黄金時代を築きあげ、昭和63年、惜しまれて退団されました。 ここからは、榛名さんとの質疑応答をお伝えします。 ⚫︎二枚目として初めてヒゲをつけることになって、どのように思われましたか? ヒゲというのは二次的な問題で、まずはレット・バトラーのような、 リアルな男性を演じることができるか、ということに直面しました。 もともと宝塚歌劇の男役が演じるのは夢の王子さまでしょう? 私は『ウエストサイド物語』で、王子タイプではない ”アクション”役をさせていただいたけれど、あくまでも青年役。 レット・バトラーは中年男性で、しかも南部魂を持った男の中の男。 『ベルサイユのばら』のオスカルやアンドレといった 劇画の役を演じたあとでのレット・バトラーで、 まさに未経験の領域に踏み出す思いでした。 また、榛名由梨のイメージが壊れるのではないか、 夢を壊してしまうのではないかと心配の声もあがりました。 ですから演出の植田紳爾先生と何度もご相談しました。 私は素顔がいわゆる男顔ではなくて、女性の顔なのね。 しかも笑うとエクボがでるんです。 それがレット・バトラーを演じるにあたってはマイナス要素になる。 それだったら、ヒゲをつければそちらに目がいって エクボが目立たないかもしれなし、 ヒゲが大人の色気を演出してくれるかもしれない、という結論になりました。 ⚫︎初めてヒゲをつけるにあたり、ご苦労された点は? ヒゲをつけることで、メイクを根底から見直す必要に迫られました。 従来の男役メイクといえば、白っぽい肌色に、赤みのある焦げ茶色の眉毛で、 ブルーのアイシャドウにつけまつげ、唇も明るい色の口紅を塗っていました。 でもそんなメイクでは、骨のある南部の男レット・バトラーらしさが出ない。 だから、まず肌色は日焼けしたような色にして、 目頭に濃い茶色のアイシャドウをほどこして、眉毛も濃く黒く…。 目指すのは、美術室にある塑像や彫刻のように陰影のある顔なのに、 なかなかそうは見えない。 眉毛の形や長さやちょっとしたことでバランスが崩れるの。 だから、1日じゅうヒゲをつけた状態で美容院の鏡の前にいましたよ。 相談をしながら、メイクをして、それをポラロイドカメラで撮影して、 それをみてメイクをやり直す…の繰り返し。 もともと私はどんな役の時でも、その役の性格や年齢に合わせて、 いつもメイクは変えていました。 だけど、このときほど考え込んだことはないです。 そうして研究しているうちに、ヒゲをつけるなら額は角ばっている方が 男らしく見えるとわかってきました。 でも、私は富士額で、前髪の生え際も丸いんです。 だから、四角い額にするために、毛を抜きました。 蒸しタオルでおでこを温めて、少しでも毛穴を広げてから抜くのだけど、 痛くて痛くて!毎日涙を流しながら額の形を四角く整えていました。 ひとことでヒゲをつけるといっても、 従来のメイクにヒゲだけつければ良いってものではなかったのよ。 ⚫︎周囲の反響はいかがでしたか? 宝塚歌劇でトップスターが初めてヒゲをつけることを 新聞などのマスコミが大々的に報じていただいたから、 私の周囲でも賛否両論、すごい騒ぎになりました。 これまで老け役でヒゲをつけた経験のある上級生のかたたちが 「私たちはこれまでヒゲをつけてきたのに、 どうして今回だけこんなに騒がれるの?」とおっしゃるので、 「すみません、すみません」と謝ったり、 続演が決まっていた星組のトップスター ツレちゃん(鳳蘭)が 「ヒゲつけんといてね。私もつけないといけなくなるヤン」と直訴しに来たり。 実際につけてみたら、彫りの深いツレちゃんは、 ヒゲがよく似合ってかっこよかったのにね。 そんな大論争の中、長谷川一夫先生が 「大丈夫。かっこよく見えるヒゲを僕が作ってあげるから」とおっしゃって下さいました。 先生の床山さん(カツラなど作成する部門)が、 私の顔のサイズに合う、細身でちょっと明るい色目のコールマンヒゲを 初日に間に合うように作って送ってくださったんです。 長谷川一夫先生には「ベルサイユのばら」の時に演技指導していただいて以来、 何かとお世話になりました。 先生は役者でいらっしゃったので、言葉でおっしゃるだけでなく、 演じて見せてくださいました。 演出家であり、役者の心がわかるかたであり、 本当に、ひとつひとつ、ひとことひとことがすばらしくて、 ありがたかったです。 ⚫︎実際にヒゲをつけて舞台に立っていかがでしたか? 風と共に去りぬは一本立ての作品で、休憩を挟んで一部と二部の構成でした。 初日があいてしばらくのあいだは、 第1部はヒゲなしで、第2部はヒゲをつけて出ていたんです。 それは植田紳爾先生のご発案で、「ヒゲ」の評判を見ることと、 ファンの人に、両方の顔を楽しんでいただくという二つの意味を持っていました。 でも意外にもヒゲが好評で、すぐに芝居冒頭からヒゲをつけるようになりました。 好評なのはありがたかったですが、 ヒゲをつけてセリフを言うのは予想以上に難しかったですよ。 だって、口の上にのりで貼り付けているんですものね、 突っ張って思うように口が開けられません。 特に「イ」や「エ」といった、口を横に開ける音が発音しにくかった。 それで、どうすれば発声しやすいだろうと考えて、 ヒゲの中央部分だけのりをつけずに「遊び」をもたせておくと 喋りやすいことに気がつきました。 当初、のりは弱めのものを使っていました。 ところがある日のこと。 形勢不利な南部軍への寄付を募るバザーで、 お嬢さん方と踊るのに青年たちがお金を賭け、 それを南部軍への義援金にあてるというシーンがあります。 喪中で黒いドレスを着たスカーレットが、 踊りたくてうずうずしているところに、 「金貨で150ドル!」とバトラーが現れる印象的な場面で、 スカーレットを引き寄せて、踊っていると、 ミッキー(スカーレット役の順みつき)が、 私を見て吹き出しそうになりながら、芝居をしているんです。 汗でヒゲののりの一部がはがれて、セリフを言うたびに ヒラヒラヒラヒラ、ヒゲが踊っていたらしく、 ミッキーは笑いをこらえるのに必死だったそうです。 以来、ガムスピリッツという強いのりに変えたら、 ヒゲが途中で外れることはなくなったけれど、 ひどい肌荒れに悩むことになりました 。 1回の公演で、ヒゲはつけっぱなしではないんです。 フィナーレナンバーで一旦はずし、大階段を降りるときにまたつける。 2回公演だったらその繰り返しです。 のりにかぶれて、まるでやけどをしたみたいに鼻の下は真っ赤。 『風と共に去りぬ』のあとしばらくは、 『歌劇』や『宝塚グラフ』といったポート撮影ができませんでした。 そんな思いをしながらも好評だった「風と共に去りぬ」ですが、 東京公演に向けて、ヒゲ問題が再燃しました。 当時の東宝の重役さんたちが、 「榛名にヒゲをつけさせるなんてダメだ!」「イメージが壊れる!!」と、 大反対なさったんです。 新聞記事にもなりましたよ「ヒゲは箱根を越えるか?!」というタイトルで。 このときは植田紳爾先生が、すぐに東京に飛んで、説得してくださいました。 そして東京公演でも長谷川一夫先生が、特製のヒゲをどっさり届けてくださいました。 ⚫︎榛名さんはフロンティアですね。 オスカルのときといいバトラーのヒゲといい、 自分で意図したわけではありませんが、 結果的に先駆者の役割を果たすことになりました。 その後、麻実れいさん、平みちさん、大浦みずきさん、杜けあきさんたちが それぞれヒゲをつけることになったとき、相談に来られてね。 私の体験で役立つのならと、いろいろお教えしましたよ。 いま、ヒゲの男役さんがカッコイイ!と 憧れの眼差しで見られているとしたら その道筋をつけるお役に立ったのかしら、と嬉しいです。 榛名由梨さん、貴重なお話をありがとうございました。 退団後も、さまざまな舞台で活躍される榛名由梨さん。 ご提供いただいたお写真は今年(2015年)3月に、 下級生である未央一さんとの「初コンビDe大爆show」で、 再びレット・バトラーに扮しヒゲをつけられた時のものです。 退団されて27年とはとても思えません。 ちなみに舞台の方は端正な榛名さんバトラーに 芸達者でちょっと(?)三枚目の未央さんスカーレットがからみ、 客席の爆笑を誘ったのでした。 榛名さんは近々、大東文化大学教授の藏中しのぶさんとの共著で 『榛名由梨とその時代』の出版を予定されています。 また年末には下級生 初風緑さんとのLIVEもあるそうで、 詳しい情報は榛名由梨さんのブログ『榛名由梨の愛あればこそ』を ご参照ください。 取材ご協力:榛名由梨様 写真ご提供:株式会社プランニングはるなJ様 |
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