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池田 千波留 パーソナリティ、ライター 香のん
(←プロフィールは写真をクリック)宝塚歌劇の魅力にぐいぐい迫っていきます!
タカラジェンヌ歳時記 趣味・カルチャー 2015-12-18
汀夏子さんに見る当て書きの魅力。当て書き復活を!
昨年1月から毎月お送りしてまいりました「タカラジェンヌ歳時記」。
今月を最終回とさせていただくことになりました。

最終回のテーマは「当て書き」です。
当て書きとは、演者をイメージして脚本を書くこと。
先に「役」があるのではなく、演者のイメージに沿って役が生まれるのです。

宝塚歌劇団の演目は基本的に、
劇団に所属する、いわゆる「座付き」の演出家が
脚本を書き演出をつけます。
座付きだけに、宝塚音楽学校時代、初舞台、新人時代…と
生徒が成長していく姿を見守っており、
それぞれのキャラクターを把握しています。
それを踏まえて、役を割り当て、ストーリーを膨らませる。
原作がある場合も、できるだけトップスターのイメージと
主役のイメージが重なるように配慮されることが多く、
まさに「はまり役」がたくさん生まれました。

それらは、ファンにとって大切なだけではなく、
演じていた生徒さんにとっても宝物のはず。
歴代トップスターの中でも、
特に素晴らしい「宝物」をお持ちの
元雪組トップスター汀夏子さんの例を見て、
当て書きについて考えました。

汀さんは昭和39年、宝塚音楽学校を首席で卒業された第50期生です。
雪組に配属されると、初舞台から1年もたたないうちに
『港に浮いた青いトランク』で準主役に抜擢されました。
昭和47年には単独トップスターに就任。
抜群の演技力と、全身全霊で勤める舞台に、
多くのファンが魅了されました。
新撰組の沖田総司役を演じた『星影の人』東京公演では、
上演劇場の新宿コマ劇場を連日超満員にし、
劇場の観客動員新記録を樹立しています。
榛名由梨さん、鳳蘭さん、安奈淳さんとともに「ベルばら四強」と呼ばれ、
宝塚歌劇の黄金時代を築き上げ、昭和55年に惜しまれながら退団されました。

汀さんに当て書きされた作品・役の中で
ファンにもっとも人気があるのは、
『星影の人』の沖田総司ではないでしょうか。
沖田総司は屯所の近くの子どもたちに人気があったと言われています。
しかし一方で、新撰組一番隊長として、誰もが認める剣の達人でした。
新撰組で剣が立つということは、人を斬ることに他なりません。
二十歳そこそこで町道場から京都に出てきて名を馳せ、
労咳のため若くして亡くなった沖田総司の、
鮮烈な生きざまと淡い恋を描いたのが『星影の人』でした。
汀さんの魅力の一つである、はにかんだような笑顔。
もしかしたら本当は引っ込み思案な人なのかと思いきや、
舞台で見せる燃えあがるような情熱は
のちに「炎の妖精」というニックネームがついたほどで、
そのギャップと沖田総司の二面性がぴったり合致したのです。

『星影の人』の沖田総司には
「二年か…忙しいなぁ」というセリフがあります。
これは沖田総司が労咳と診断され、余命を告げられた時の気持ちですが、
トップスターとしての汀さんにはもう一つ別の意味を持っていたそうです。
それはトップスターとしての任期。
まれに例外はあるものの、宝塚歌劇のトップスターは
トップになった時から退団時期を意識するといいます。
(大相撲の横綱と似ているかもしれません)
この時期、汀さんは自分自身の退団を2年先と思っておられたそうで、
セリフに万感の思いが宿ったとのちに語っておられます。
(諸処の事情で、実際に退団されたのは4年後ですが)

このように「沖田総司が汀夏子」なのか「汀夏子が沖田総司」なのか、
わからなくなるほどの作品を作り上げたのは、演出家 柴田侑宏さん。
柴田さんは『星影の人』を書きながらふと、
「汀夏子演じる沖田総司が生きていたら、
三年後どんな侍になったであろうか、
それを見てみたい気がした」とのちに語っておられます。
そして、その思いを託して書かれたのが、
『星影の人』の3年後、同じ雪組で上演された『朝霧に消えた人』で、
主役の立花尚二郎はもちろん汀さんが演じています。
立花尚二郎は、藩主を守るため、静かに脱藩していきます。
そのためには自分の恋も捨てて。

逆に『星影の人』の3年前には、柴田さんは
樋口一葉原作の『たけくらべ』の信如を汀さんに当て書きしています。
幼馴染の美登利との、恋とも呼べないような淡い想いと別れ。

こう見てみると、
信如、沖田総司、立花尚二郎の姿は
「トップター汀夏子」の成長・成熟の過程と
リンクして当て書きされたものだといえるでしょう。

また、素晴らしい作品には、心に残るシーンがあるもの。
柴田さんは、汀さんに当てて書いたこの3つの作品に
共通の道具をあしらっています。
それは下駄と傘。
切れてしまった下駄の鼻緒を美登利にすげ替えてもらう場面や、
芸妓・玉勇に傘を借りる場面など、
全く違う作品で、別の人物を描いていながら、
長く応援しているファンには、つながりが感じられるのは、
当て書きならではの良さかもしれません。

また、退団公演である『去りゆきし君がために』では、
汀さんは、演出家 植田紳爾さんに3つのお願いをされたそうです。
「スペインが舞台で、主人公の頭文字はJにしてください。
そしてどこかに薔薇を出して欲しいんです」と。
汀さんが頭文字Jにこだわったのは、
本名でありニックネームでもあった「ジュンコさん」にちなんでのこと。
植田さんが主人公につけた名前はJulio。
スペイン読みではフリオとなるところをあえてジュリオと読ませることにした、
というエピソードが残っています。
このような思い入れを盛り込めるのも、当て書きならではと言えるでしょう。
ところで、今年(2015年)12月12日から20日まで、
汀夏子さんは大阪・新歌舞伎座の『天童よしみ師走公演』第1部の
歌謡劇場『マッチ売りの少女』に出演されました。
その公演中、汀さんにお話を伺うことができました。
以下、汀さんへのインタビューをお届けします。

●当て書きについて
私は当て書きっていう言葉も知りませんでした。
もちろん、先生(脚本家)は組ごとの個性に合わせた作品を
考えてくださっていたのだと思うんです。
それはまずトップスターの個性に合わせてではあるけれど、
私一人だけではなくて、組の皆のことを考えて、ということね。
私たちは いただいた本(脚本)を一生懸命にやるだけですから、
当時は「この役を私のために考えてくださったんだ」という
強い意識はなかったんです。
だた、振り帰ってみると、私の役ってみんな少年か青年なの。
『パレアナの微笑み』のジミー、『たけくらべ』の信如…
先生がたは私のことを「ずっと大人にならない子」と思っておられて、
役を作ってくださったのかな。(笑)

●『たけくらべ』の信如、『星影の人』沖田総司、
『朝霧に消えた人』立花尚二郎と、
役が少しずつ成長されているように思いますが?

それはね、感じました。
『たけくらべ』『星影の人』までは気がつかなかったの。
『朝霧に消えた人』を演じた時、立花尚二郎の下駄が、
塗りの立派な下駄でね、下駄の歯も薄くて、
履いた時の履き心地も今までと違っていて、
「ああ、おとなやなぁ」と。
振り返ってみたら沖田総司は分厚い歯の高下駄で
ドカドカ歩いていたし、
信如は子どもらしい下駄だったでしょ。
下駄って本当に小さなものだけど、日本物の象徴みたいなもの。
その小さな下駄の変化に年齢の変化を感じて、
「自分も成長したのかな」って思いました。
それとタイトルが「星影の人」「朝霧に消えた人」でしょ。
これは何か繋がりがあると思っていたら、あとで柴田先生が
「汀夏子の沖田総司がおとなになったら
こうなるだろうと思って書いた」とおっしゃってくださって、
本当にありがたい、役者冥利につきると思いました。
この3つの作品は全て柴田先生の作品で、
柴田先生って本当に繊細で、セリフひとつにしても細やかなの。
一方で植田先生は大きくて、スペクタクルで、正反対なのね。
そんなお二人だけではなくて、たくさんの先生に、
素晴らしい役をいただいて、
私ほど幸せな人間はいないんじゃないかと思うくらい。
もうひとつ、主題歌の中で自分のことを「俺」って言っているのは私だけ。※注
それはちょっと自慢です。(笑)
ただ、私はふだんはおとなしいし、
先生方のことを「偉い人」と思っていたから、
気楽に「先生、先生」と質問したり甘えたりできなかった。
もっといろいろと こちらからお聞きすればよかったのに、と、
そんな自分を今は少し残念に思っているんですよ。

※注:『丘の上のジョニー』主題歌の中で”俺は”という一人称が使われています。

以上、汀夏子さんのお話でした。
公演中にもかかわらず、貴重なお話を聞かせてくださって
ありがとうございました。

ちなみに、天童よしみ師走公演のお芝居「マッチ売りの少女」の
構成演出は宝塚歌劇団の演出家酒井澄夫さんが手がけていました。

酒井さんの作品『ファンキー・ジャンプ』で汀さんが歌った「私の歴史」は
酒井さんの書き下ろしです。
そこには、汀さんが3歳のころからのエピソードや、
宝塚歌劇団に入団し仲間に助けられつつ舞台に生きる幸せが綴られていて、
まさに「当て書き」で作られた歌。
汀さんは退団されてからも、ディナーショーなどで
この歌を大切に歌っておられます。

そんなご縁のある酒井さんが『マッチ売りの少女』で
汀さんに当て書きしたのは王子様。
ファンに夢を与えるすてきな王子様でした。
宝塚歌劇退団後も男役としての生き方を貫き、
男役を「芸」の域に高めておられる汀さんを
よくご存知の酒井さんだからこそ出来たことかもしれません。

現在、宝塚歌劇では当て書きの作品はほとんど見られません。
先に作品があり、どの組で上演するかはあとで決められると聞いています。
もちろん、当て書きならば全て良い作品になるとは限りません。
また与えられた役を自分のものにしていくのが役者であり
舞台人であるとは思います。
ですが、他の商業演劇とは違う、宝塚歌劇ならではの良さを
再び見直していただければと願ってやみません。

取材ご協力:汀 夏子様
取材ご協力ならびに写真ご提供:汀夏子事務所様

2年間にわたって連載させていただいた「タカラジェンヌ歳時記」。
多くのご関係者に貴重なお話を伺いました。
ありがとうございました。

また、毎月読んでくださった皆様にも感謝の気持ちでいっぱいです。
コラムはここで終了しますが、私の宝塚歌劇への愛はまだまだ続きます。
次は劇場でお会いしましょう!

ありがとうございました。

 

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