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夜更けより静かな場所(岩井圭也)

何を手放し何を選ぶのか

夜更けより静かな場所
岩井 圭也(著)
この小説は「深海」という名前の古書店の常連客、あるいは店員たちの物語です。

主な登場人物は6人。

遠藤茂:「深海」の店主。62歳。ロバのような長い顔が特徴。
遠藤芳乃:文学部所属の大学3年生。親元を離れて一人暮らし。茂の姪。
真島直哉:吉乃の同級生。吉乃に好意を持っている。大学にはスポーツ推薦で入学したが、現在は競技をやめている。
安井京子:図書館司書。30代女性。バツイチで現在独身。
中澤卓生:フリーランスのグラフィックデザイナー。30代男性。
国分藍:深海でアルバイトをしている20代女性。元音楽教師。

この小説は6つの短編から成っていて、基本的に一つの章につき一人の人物が主体となっています。

タイトルと、それぞれ主体となる人物を紹介しましょう。

「真昼の子」 遠藤吉乃
「いちばんやさしいけもの」 真島直哉
「隠花」 安井京子
「雪、解けず」 中澤卓生
「トランスルーセント」 国分藍
「夜更けより静かな場所」 遠藤茂と遠藤吉乃
(青字部分は 岩井圭也さん『夜更けより静かな場所』目次より引用)
冒頭の、「真昼の子」をご紹介しましょう。
遠藤吉乃は親元を離れて一人暮らしをしている。大学の3年生だ。大学に入学した時、近所に伯父が住んでいることを知った。

吉乃の父の兄である伯父は、親戚の集まりにも滅多に顔を出さない。だから吉乃にはあまり馴染みがなかった。顔がロバのように長い人だったなという印象があるくらいだ。だから大学3年生になるまで伯父の経営する古書店「深海」にも行ったことがなかった。

だが夏休みに入り、あまりにも暇だったので、ふと伯父の古書店「深海」を訪ねる気になった。

少しだけ伯父と話したあと、成り行きで伯父のおすすめ本を購入することになった。

伯父が選んでくれたのは、ロシアの作家 ソフィア・レプニコワの長編小説『真昼の子』だった。

期待せずに読み始めたが、『真昼の子』は吉乃を夢中にさせた。

一気に読み終えた吉乃は興奮冷めやらず、ゼミの飲み会で『真昼の子』について熱く語ろうとした。

ところが、ゼミの仲間たちは誰一人『真昼の子』を読んだことがなかった。そもそもレプニコワを知らないようだし、興味すらなさそうだ。

こんなに面白い小説なのに。ああ、誰かにこの小説の話をしたい。語り合いたい。

吉乃は再び「深海」を訪ね、伯父に『真昼の子』がとても面白かったこと、なのに誰とも感想を分かち合えないことをこぼした。

すると伯父は「深海」で読書会を開いてみるかと提案してくれた。

読書会とは、課題本を読んで、みんなで感想を述べ合う会らしい。

吉乃はこれまで読書会に参加したことはなかったが、伯父の提案を受け入れることにした。

初回の課題本は『真昼の子』に決まった……。
(岩井圭也さん『夜更けより静かな場所』「真昼の子」の出だしを私なりにご紹介しました)

お察しかもしれません。

最初に紹介した登場人物6人は皆、読書会の参加者です。

もちろん日頃から「深海」に出入りしているお客さんでした。

読書会はなんと、夜中の12時にスタートします。そして約2時間、一つの本について感想を述べ合うのです。

そんな時間に、古書店に集まって語り合うなんて、非現実的な気もしますが、店主である遠藤茂を含む6人はいわゆる会社勤めではないので、時間的な自由度が高いのかもしれません。

第1回読書会の課題本『真昼の子』は、ロシアを舞台とした、母親と娘の物語。同じ小説を読んだというのに、6人それぞれ感じることが違います。

「母と娘の愛憎の物語だ」と感じる人もいれば、「男女の愛がテーマだ」と感じる人もいれば、「この物語は"自由”を描いている」と感じる人も。

読書会は討論会ではありません。それぞれが違う本を紹介して誰が紹介した本を読みたくなったかで勝負を決めるビブリオバトルでもありません。

同じ本を読んで、自分がどう感じたのかを語り合うだけ。それぞれの意見に対して別の意見をぶつけることはあっても、誰かの意見を全面否定して自分の意見に従わせるようなことはしません。

「そんな読み方もできるのか」と視点が広がるだけではなく、同じ本を読んで語り合うことは、非日常の特別な時間。

そんな時間を共有した6人には、普段の人付き合いでは生じない連帯感のようなものが芽生えてきます。特に夜中0時からの数時間を一緒に過ごすのですから、なおさらでしょう。

この読書会は数ヶ月ごとに開催されます。

「真昼の子」「いちばんやさしいけもの」…などの章題は読書会の課題本のタイトルであり、その本を選んだ人がその章の主人公です。

しばらく読むと、読書会参加者6人に共通するものが見えてきました。

彼らはそれぞれ「傷」を抱えています。または何かを失いかけている、手放そうとしている人たちとも言えるでしょう。

それは人に相談できるような種類のものではなく、自分で決めなければいけないこと。

6人はちょっと変わった真夜中の読書会に参加したことがきっかけで、自分の傷と向き合い、何かを手放したり、決別したりしていきます。

人間誰にも悩みはありますが、何かにしがみついている時、何かを失いたくないと思っていると逆に傷が深くなったり、悩みから抜け出せないものです。

『夜更けより静かな場所』は、失うことは辛いけれど、思い切って手放したらスッと目の前が開け新たな一歩を踏み出せるよ、と教えてくれる小説でした。

ところで『夜更けより静かな場所』には、小説や絵本などが紹介されています。読書会の様子を読んでいると、私もその作品を読んでみたい!自分ならどう感じるだろう?と強く思うようになります。

巻末に『夜更けより静かな場所』で紹介された本のタイトルや著者、出版社が列記されているのですが、それを見た私は思わず「そんな殺生な!!」と叫んで、しばし呆然としてしまいました。

読書好きな方、『夜更けより静かな場所』を全て読み通してから巻末をご覧ください。

きっとあなたも「そんな!!」と叫びたくなることでしょう。
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夜更けより静かな場所
岩井 圭也(著)
幻冬舎
捨てられない夢、降り積もった小さな後悔たち…。大学3年生の吉乃は夏休みのある日、伯父が営む古書店を訪れた。「何か、私に合う一冊を」吉乃のリクエストに伯父は、愛と人生を描いた長編海外小説を薦める。あまりの分厚さに気乗りしない吉乃だったが、試しに読み始めると、抱えていた「悩み」に通じるものを感じ、ページをめくる手が止まらず、寝食も忘れて物語に没頭する。そして読了後、「誰かにこの想いを語りたい」と、古書店閉店後の深夜0時から開かれる、不思議な読書会に参加するのだったー。一冊の本が、人生を変える勇気をくれた。珠玉の連作小説。 出典:楽天
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池田 千波留
パーソナリティ・ライター

コミュニティエフエムのパーソナリティ、司会、ナレーション、アナウンス、 そしてライターとさまざまな形でいろいろな情報を発信しています。
BROG:「茶々吉24時ー着物と歌劇とわんにゃんとー」

パーソナリティ千波留の
『読書ダイアリー』

ヒトが好き、まちが好き、生きていることが好き。だからすべてが詰まった本の世界はもっと好き。私の視点で好き勝手なことを書いていますが、ベースにあるのは本を愛する気持ち。 この気持ちが同じく本好きの心に触れて共振しますように。⇒販売HPAmazon

 



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