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八月の御所グラウンド(万城目学)

京都ならこんな不思議があり得るかも

八月の御所グラウンド
万城目学(著)
今年の2月に私たち夫婦は京都から奈良への旅行をしました。

その際、京都で宿泊したのは京阪出町柳駅からほど近いホテル。

ホテルまで歩いている時、「ここがいわゆる鴨川デルタやナ」とか「御所Gが…」と嬉しそうに語る夫に今ひとつ ついていけない私。

夫が「あれ?『八月の御所グラウンド』まだ読んでないの?」

その時点ではタイトルだけは知っていたけれど手にとっておらず、世界観を共有することができませんでした。

それ以来ずっと気になっていた作品をやっと読了できました。

この本に収められているのは「六月の都大路上下ル」と「八月の御所グラウンド」。

ブログでは「八月の御所グラウンド」をご紹介します。
朽木は一浪で京都の大学に合格した。現在は四回生。

夏休みは彼女の里帰りに同行して四国の四万十川でカヌーに乗る予定だったが、直前にフラれてしまい、八月の京都に居残ることになった。

彼女は同じ歳だが現役で合格したため、1年早く卒業して社会人になっていた。

大学生と社会人では生活リズムも価値観も違う。

別れを切り出したのは彼女の方で、嫌いになる前に別れたかったのだとか。

京都の八月は暑い。同じ大学の学生たちは暑さから逃げ出すように京都から出て行っている。

そんな中、同じく京都に残っている多聞から妙な依頼を受けた。

御所グラウンド、通称「御所G」で一緒に野球をやらないかというのだ。1試合だけではない。六チームが参加する「たまひで杯」に参加するのだという。しかも灼熱を避けるため試合開始は朝の6時。

誰がそんな酔狂に付き合えるか、と思ったが、彼女にフラれて夏の予定がなくなったことはばれている。その上、多聞にはお金を借りたままになっているのだ。

仕方なく参加することになった朽木は、そこで死んだはずの伝説の名投手に会うことになる……
(万城目学さん『八月の御所グラウンド』の出だしを私なりに紹介しました)
まず私は京都御所の中に球技場があることに驚きました。

京都御所ですよ?!

江戸時代まで天皇陛下がお住まいになっていたところでしょう?

そんなところに球技場があるとは。今度行ってみよう。

そして野球場に死んだはずの選手が現れるなんて、何やら1989年の映画『フィールド・オブ・ドリームス』を思い出すではありませんか。

『フィールド・オブ・ドリームス』と違うのは、戦争が関係していること。

第二次世界大戦終盤、戦況が不利になった日本では兵隊の数が足りなくなり、大学生までもが招集されて命を落としました。

これから学問を修めようとしていた学生もいたでしょう。

これからスポーツを極めるはずだった若者も。

いえ、学問やスポーツは関係ない。

ただこれからも生きていきたかった若者が命を散らしています。

京都、大学、スポーツ、そして祇園の芸妓さん。

これらを一つに繋げるとこんなに優しくて感動的なお話になるとは。

第170回直木賞を受賞されたのは当然だったかもしれません。

でも万城目学さんですから、「感動」「反戦」といった枠にはまった作品ではないのが良いんです。

登場する人物が個性的で面白い。

野球チームを率いることになった5回生の多聞くん。

そもそもどうしてチームを率いることになったかというと、卒業のため。

怠惰な学生生活を送ってきた多聞ですが、ちゃっかり企業から採用の内定をもらいました。

だから来春には必ず卒業せねばなりません。

多聞は理系の学部に所属しているので、卒業のためには実験したり論文を書いたり、やらねばならないことがいっぱい。

自分一人の力では難しい。

だけど怠けて浪人しちゃったので、仲間はすでに社会人になっています。

仕方なく、心を入れ替えたふりをしてゼミに参加し、ゼミ仲間(下級生)に擦り寄るのでした。

担当教授はそんな姑息な学生が嫌いです。

だけど多聞が野球チームを率いて「たまひで杯」に参加し、良い成績を収めたら卒業へのアシストをしてくれるというのです。

やるしかないですね。

朽木と同じ学部ゼミに所属するシャオさんは中国人留学生。

日本でプロスポーツを研究しています。

頭脳明晰、舌鋒鋭く、ゼミ生がしょうもない議論をしていると時間の無駄だとバッサリ切り捨ててくる烈女。

野球経験は皆無ですが、ひょんなことから「たまひで杯」に参加することになります。

彼女の「オリコンダレエ」発言には思わず声を上げて笑ってしまいました。

長年続けられている「たまひで杯」とは何なのか。

御所Gに現れる「死んだはずの人」は誰なのか。

それはぜひご自分で読んでくださいね。

死んだはずの人とキャッチボールをしたり、野球をしたり。

この小説はファンタジーかもしれませんが、なぜか京都ならあり得る気がするのです。

私は京都に行くと「ああ、ここで義経が弁慶を翻弄したのね」とか「ここが坂本龍馬の最期の地か」なんて思いを馳せます。

もし彼らが何かの拍子に現代に現れたなら、近づいてみたいし、話をしてみたい。

だから『八月の御所グラウンド』の世界は大好物です。

2024年6月28日現在で万城目学さんの最新刊『六月のぶりぶりぎっちょう』はどうやらこの続編らしいです。

「ぶりぶりぎっちょう」という不思議な言葉は映画『本能寺ホテル』で聞いたことがある!

じゃあ今度は織田信長が出てくるのかしら?

ちなみに『八月の御所グラウンド』に収められている『六月の都大路上下ル』は、京都で開催される全国高校駅伝に参加する高校一年生のサカトゥーこと坂東さんが主人公。

坂東さんも朽木くんも、不思議な出会いをし、物語の終わりに心に火がつくという共通点があります。

それが『六月のぶりぶりぎっちょう』にも引き継がれているのか、読むのが楽しみです。

余談ですが、2月に泊まった出町柳近くのホテルに、この秋また泊まりに行きます。

今度は夫と世界観を共有できそう。
八月の御所グラウンド
万城目学(著)
文藝春秋
女子全国高校駅伝ー都大路にピンチランナーとして挑む、絶望的に方向音痴な女子高校生。謎の草野球大会ー借金のカタに、早朝の御所Gでたまひで杯に参加する羽目になった大学生。京都で起きる、幻のような出会いが生んだドラマとはー人生の、愛しく、ほろ苦い味わいを綴る傑作2篇。 出典:楽天
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池田 千波留
パーソナリティ・ライター

コミュニティエフエムのパーソナリティ、司会、ナレーション、アナウンス、 そしてライターとさまざまな形でいろいろな情報を発信しています。
BROG:「茶々吉24時ー着物と歌劇とわんにゃんとー」

パーソナリティ千波留の
『読書ダイアリー』

ヒトが好き、まちが好き、生きていることが好き。だからすべてが詰まった本の世界はもっと好き。私の視点で好き勝手なことを書いていますが、ベースにあるのは本を愛する気持ち。 この気持ちが同じく本好きの心に触れて共振しますように。⇒販売HPAmazon

 



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