春いちばん (玉岡かおる)
待ってました! 春いちばん
(賀川豊彦の妻 ハルのはるかな旅路) 玉岡 かおる(著) この小説は2019年からJAグループの出版社 家の光協会が発行している月刊誌「家の光」に連載されたものを改稿して単行本化されました。
もう、待ちかねましたよ。 というのもイラチな私は、毎月毎月次はどうなるのだろう、続きを早く読みたい!!という拷問状態に耐えられなくなり、途中で読むのをやめ、ひたすら単行本化を待っていたのです。 嬉しい! さて、主人公ハルの夫である賀川豊彦さんは”コープさんの父”なんですって。 コープさんとは神戸市を拠点に食料品の宅配やスーパーマーケットを展開している日本最古の消費生活協同組合「コープこうべ」のこと。(なぜスーパーの中でコープだけ「さん」付けなのか、それについてはまた別の機会に語るとしましょう。) 私が初めてコープさんに行ったのは小学校1年生の時。兵庫県尼崎市から芦屋市に引っ越したばかりでした。母に連れられ芦屋市大原町にあるコープさんに買い物に行った時のことをはっきり覚えています。それが私にとって初めてのスーパーマーケット体験だったから。 それ以前に住んでいた尼崎市上坂部には近くにスーパーがなくて、買い物はもっぱら上坂部市場で。 通路を挟んで両側にお店が並んでいた市場。駄菓子屋さんの隣が洋品店だったり、魚屋さんがあったり。買い物とは、そういう細長くて細い通路を通ってするものだと思っていたのに、コープさんの綺麗なことと言ったら!天井は高いし、2階建てだし驚きました(もしかしたら3階建てだったかも)。 キョロキョロしていた私はその時、天井に近い壁にかけられた横長の大きな額縁を見つけました。そこには「一人は万人のために 万人は一人のために」と墨書が。これは一体、どういう意味だろうか?6歳だった私にはとても印象的な言葉でした。 それは賀川豊彦さんの言葉だったわけです。 明治35年、ハルは横須賀の高等小学校を卒業した。江戸時代から半世紀も経っておらず、周囲には「黒船が来たときには」と昔語りする人もまだまだいた。
真面目に授業を受け、本を読むことが大好きだったハルは学校の成績が優秀だった。だが、卒業後進学することはできない。経済的な余裕がないからだ。元々は裕福だったのに、火事で全財産を失ってしまったハルの一家は、両親、ハルそして妹が3人。暮らしが大変なため、ハルは遠縁の家に女中奉公に出ることになった。これがハルの「はるかな旅路」のスタート。 辛いことがあるたびにハルは「なんちょねえ!」と自分に言い聞かせて奮い立つのだった… (玉岡かおるさん『春いちばん 賀川豊彦の妻ハルのはるかな旅路』の出だしを私なりにご紹介しました) ハルはまだ子どもと言っていい年代から世間に触れることになり、人間の善と悪、優しさや自分勝手さを知ることになります。辛いときにつぶやく「なんちょねえ!」は「なんでもないさ」くらいの意味でしょうか。沖縄の「なんくるないさー」とはちょっと趣が違います。宮尾登美子さんの『陽暉楼』に出てきた「なんちゃないき」に近いニュアンスだなと思いました。
学ぶにせよ働くにせよ、当時女性が生きていくには理不尽なことが多すぎて、ハルが「なんちょねぇ!」と心に呟くシーンの多いこと。私が今こんなに自由に生きられるのは、こういう時代を経てのことなんだなぁとしみじみ感じましたよ。 ハルを妻にした賀川豊彦氏。不勉強なことに私はほとんど知らなかったのですが、牧師さんだったんですね。神戸のスラム街に住み、貧しい人に心から寄り添っていくうちに貧困問題を解決するための社会活動の先頭に立つことに。でも、貧しい人たちの中には、助けてもらうことを当たり前だと思ったり、助けてもらうことに安住して自分の力でどうにかしようとしない人たちも多く、根本的な解決がなかなかできません。それでも献身的に取り組む賀川豊彦はいつしか時の人に。しかも知性的なのでモテるのですね。この辺り、ハルの立場になるとハラハラです。 二人が結婚してからも、平坦な道ではありません。 この小説はハルの一代記ですが、労働者や女性の地位向上の歴史小説でもあるのです。 なかなか貧困から脱出できないだけではなく、そもそも人間らしい暮らしや働き方ができていない労働者たち。特に、働く女性たちは悲惨な状況に置かれている場合が多い。それを少しでも解決しようとする賀川豊彦のもとには、大杉栄、平塚らいてう、市川房枝、与謝野鉄幹・晶子夫妻といった歴史上の人物たちがやってきます。後世の私から見るとなんて贅沢なキャスティングだろうと思ってしまいました。もちろん史実に基づいているのでしょうが、そう感じるほど映画やドラマのような顔ぶれです。 そして玉岡かおるさんのファンにとってはそれ以上に贅沢な登場人物が多数現れます。 『天涯の船』の松方幸次郎、『負けんとき ヴォーリズ満喜子の種まく日々』のW・メレル・ヴォーリズ、そして『お家さん』の金子直吉。小説の中に旧知の友が現れたようで嬉しくて嬉しくて! とはいえ、ストーリーは喜んでばかりもいられないんですよ。 当時は女性が集まって政治を語ることが法律(治安警察法第五条)で禁じられていたんですって。 それはおかしい、改善すべきだと声を上げること、ペンを持って世に訴えるのも勇気が必要な時代です。自分が置かれた境遇に従って生きてきたハルが、賀川豊彦の妻になったことで、自分の力で切り開いていくようになる…。実際にこんな女性がいたなんて。 不勉強なことに私はハルのことを知りませんでした。 玉岡かおるさんは以前講演会で「歴史の中で埋もれている女性たち、光が当たっていない女性たちのことを書きたい」とおっしゃっていました。そういうお気持ちがあるからでしょうか、私は女性が主人公の玉岡さんの作品が特に好きなんです。すごく胸に響くものがあるのですよ。 ハルが生きた時代に比べたら、今はとても生きやすいと思います。だけど生きているかぎり、誰にだって悩みや苦しみはあるはず。そんなときこの小説を読んでみてください。きっと力が湧いてきて「なんちょねぇ!」と呟いて乗り越えられることでしょう。 春いちばん
(賀川豊彦の妻 ハルのはるかな旅路) 玉岡 かおる(著) 家の光協会 社会学者 上野千鶴子氏 絶賛! 「後から来た女は前に歩いた女を見いだし、生きかえらせ、出会い直す。力づよい評伝文学だ。」神戸のスラム街に住み、弱き立場の人のために闘い、ともに生きた女性。その生涯を綴った感動小説 出典:amazon 池田 千波留
パーソナリティ・ライター コミュニティエフエムのパーソナリティ、司会、ナレーション、アナウンス、 そしてライターとさまざまな形でいろいろな情報を発信しています。 BROG:「茶々吉24時ー着物と歌劇とわんにゃんとー」 ヒトが好き、まちが好き、生きていることが好き。だからすべてが詰まった本の世界はもっと好き。私の視点で好き勝手なことを書いていますが、ベースにあるのは本を愛する気持ち。 この気持ちが同じく本好きの心に触れて共振しますように。⇒販売HP/Amazon
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