食べ物が出てくる小説はたくさんあります。
特に最近は、小説の中で作られた食事のレシピを巻末に掲載し、
実際に作れるようになっているものも多いです。
角田光代さんの『彼女のこんだて帖』は
十五話が集められた短編集で、
一話ごとに違う食べ物が出てきます。
ラム肉のハーブ焼き、中華ちまき、ミートボール入りトマトシチュー、
かぼちゃの宝蒸し、ぬか漬け、タイ料理、ピザ、手打ちうどん、
松茸ごはん、スノーパフ、豚柳川、餃子鍋、一夜干し、
たらとほうれんそうのグラタン、五目ちらし…。
どれもおいしそうでしょう?
巻末には写真とともにレシピが掲載されているので、
お料理好きにはたまらないのでは?
それらを作る主人公たちは、さまざまな状況にいます。
長く付き合った男性と別れた女性、
付き合っている彼の「おふくろの味」を再現したくて、
会ったこともない彼氏のお母さんに電話でレシピを聞く女性、
妹の過剰なダイエットをやめさせ元気を取り戻させたい兄…などなど。
人間はどんな状況になっても、食べないでは生きていけない。
逆に、しっかりとおいしいものを作って食べさえすれば、
たいがいのことは乗り越えていける、
そんな作者の優しさが伝わってきました。
私も、それは実感としてわかります。
人生で最高に(最低に、か?)落ち込んだ日、
泣いて泣いて、泣きつかれた時、思ったことは、
「あー。お腹すいた」。
どんなに悲しくてもお腹は空く。
そこで私が作ったのはコロッケでした。
ジャガイモの甘さと、サクサクした衣。
おいしい、と自画自賛しました。
そしてお腹が満ち足りてくると、
「明日は明日の風が吹く」と思えたのです。
スカーレット・オハラじゃないですが。
『彼女のこんだて帖』が優れているのは、
十五話すべてが文庫本8ページで語られていること。
あっという間に読める文字数の中に、
人生の機微が盛り込まれているのです。
そして、そこに出てくる美味しそうなお献立!
なんでもこの短編たちは、お料理教室ベターホームが出版している
『月刊ベターホーム』に連載されたものなのですって。
どうりで、短い読み切りにしてあるわけだ。
でも、よくこんな制限の中に
あれこれ盛り込めるものだと感心してしまいました。
著者 角田光代さんはおそらく温かみのあるかたなのでしょうね。
一話一話がとても優しい。
短編を一話二話と数えず、1回目のごはん、2回目のごはん…と
数えるのも柔らかい。
中でも私が一番好きなのは
『11回目のごはん 豚柳川できみに会う』。
2年前に妻を亡くした男の話です。
この短編、最後の3行で涙がウワッと溢れました。
描かれた風景のなんという優しさ!
ああ、書きながら思い出しても泣ける。
反対に大いにスカッとするのが
『9回目のごはん なけなしの松茸ごはん』。
煮え切らない彼に、ある決意を込めて作る松茸ごはん。
良いぞ!これくれい思い切って行動してこそ、
道は開けるのかも。
読後、思わず拍手をしてしまいそうになる一話です。
この短編集、ひとつ仕掛けがしてあって、
一話完結の形をとりながら、
それぞれが繋がっています。
そのあたりも楽しみに読んでください。 |
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池田 千波留
パーソナリティ・ライター
コミュニティエフエムのパーソナリティ、司会、
ナレーション、アナウンス、 そしてライターと、
さまざまな形でいろいろな情報を発信しています。
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著書:パーソナリティ千波留の読書ダイアリー
ヒトが好き、まちが好き、生きていることが好き。
だからすべてが詰まった本の世界はもっと好き。
「千波留の本棚」50冊を機に出版された千波留さんの本。
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