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■関西・祈りをめぐる物語


[第四回]大阪府東大阪市 枚岡神社 宮司 中東 弘さん

巫女という言葉は、どこか神秘的な響きがあります。
大阪府東大阪市の枚岡(ひらおか)神社で「巫女体験研修」が行われていると聞いたのは、ちょうど今年の春ごろ。

いつか参加しようと、神社のHPを眺めていたのですが・・・・・・。「いつか」と思っているうちに、あっという間に今年の日程はすべて定員に達して募集終了。取材の折にお訊ねしたら、最近は口コミでも広がり、常にキャンセル待ちが出るほどの人気だそうです。

残念ながら今年の巫女体験は間に合いませんでしたが、宮司にお願いして、取材に先立って巫女体験研修の見学と撮影に寄せていただきました。

私が訪れたのは、一泊二日の巫女体験研修上級の最終日。お神楽のお稽古と、研修の仕上げとなる御神前でのお神楽奉納を見せていただきました。参加者の皆さんは初級、中級と修了されてきた方々。巫女の衣装もきれいに着こなされ、立ち姿も凛としています。お神楽奉納は全体が生み出す場の美しさと清々しさに、心洗われるひとときでした。

「背筋を伸ばした凛とした姿勢を子どもたちに教えるのは女性。美しい所作からは、美しい心が見えてきます」という中東宮司に、巫女体験について、また毎年12月に行われる枚岡神社のお笑い神事についてお伺いしました。
女性は巫女という響きに憧れますが・・・・・・。
枚岡神社で開催されている、巫女体験研修についてお教えください。
巫女体験は一般の方を対象にしたもので、初級~中級~上級と順を追って内容が深まります。初級、中級は一日体験、上級は一泊二日の研修です。年齢制限はありませんので、これまで小学校2年生から最高齢は95歳まで、約900人の方に受けていただいています。

今、日本人には美しさが失われているのですね。洋式の生活になり、きちんと正座ができない、背筋が曲がって正しい姿勢ができない子どもが増えています。昔は、親が美しく凛とした姿勢を子どもたちに教えてきましたが、そもそも今は親ができていません。

素晴らしい日本の礼儀作法、歴史や文化を子どもたちに伝えるには、まずは女性に学んでいただかなくては。そういう意図で、巫女体験研修を始めました。ただ楽しい、巫女の姿で写真が撮れて嬉しい、そういう形だけのもので終わらせたくありませんので、日本人の美しい所作、心はどうあるべきか、心に重点を置いてさまざまなお話をします。

「一度は巫女の姿をしてみたい」と好奇心で参加される方がほとんどですが、一日の体験研修を終える頃は皆さん見違えるように姿勢も心も変わります。体験後に感想文を送ってもらうのですが、一様に「感動しました」「こんな素晴らしい話を初めて聞きました。ありがたかったです」という声が戻ってきます。
日本人の美しい所作、心の在りかた、とても興味深いです。
初級の巫女体験では、どのような一日を過ごすのでしょうか。
まずは巫女の衣装に着替えていただき、記念写真を撮影後、正式参拝を行います。その後、境内の案内、日本の歴史と文化についての講話、参拝の作法などを学んでいただきます。昼食前には、食事の正しいマナーについてもお話します。

一般に、手を合わせて「いただきます」というのが食事のマナーとされていますが、実は違うのです。本来は、一拝一拍手をして「いただきます」というのが正しいマナー。他の生命をいただくのですから、その命に対して敬意を示し、ありがたいという感謝のお辞儀、一拝が必要なのですね。これを“縦のよろこび”と言います。

それに対して、拍手は“横のよろこび”です。たとえば、サーカーの試合やお芝居を観て拍手するでしょう。よいものを見せていただいた、楽しかった、ありがたいという表現が手を打つことなのです。ですから、食事のときも、ありがたい命をいただく感謝の一拍手をします。

一拝一拍手は、古来からの日本固有の礼儀作法で、“縦のよろこび”と“横のよろこび”がワンセットであるのは日本だけです。それを丁寧にしたのが、神社での二礼二拍手一礼なのですね。そういったお話をしながら、食事の作法を実践していただきます。

午後からは、12月に行われる「お笑い神事」の由緒を説明した後、笑いの実践として20分間笑っていただきます。その後、御本殿の清掃を通じて心を清め、本殿大前にて大祓詞(おおはらえのことば)を皆で唱えたあと、感謝をイメージした瞑想をして終了です。
“縦のよろこび”と“横のよろこび”、初めて聞いた言葉です。
拝礼の作法には、そういった意味も込められているのですね。
神社に参拝する際の二礼二拍手一礼。たいていの人は知っていますが、形だけの二礼二拍手一礼をしても、そこに心がなければ美しくありません。心を形に、姿に表わすのが礼儀作法です。なぜそうするのか、その意味や正しい拝礼についても学んでいただきます。

人間は、水や空気がないと生きることができません。生きていることは当たり前ではなく、私たちは生かされているのですね。神々の宿る自然への感謝、神さまへの感謝、感謝を示すわけですから、拝礼の角度は15度や45度では足りません。最高の拝礼は90度、感謝の気持ちを表すのに一礼では不十分なので二礼なのです。

拝礼にはコツがあります。心を込めてゆっくりと一礼、90度で一呼吸止めます。身体を起こすときは、やや早くすっと上げる、それを二回。緩急や間合いによって、より美しい姿になります。拍手もゆっくり手を合わせて、「ありがとうございます」と感謝の祈りを込めます。また、神さまへの注目、拝殿の神さまをしっかり見て、目でもって自分の内なる神さまと繋げることも大切です。

手を合わせる、礼をするだけでも、心の込め方でまったく違うものになります。美しい所作によって見えない心が外に表われ、美しく見えてくるのですね。神さまに対する作法というのは、神さまに対する最高のおもてなし。美しい所作、美しい姿でお参りしなければなりません。

これはたとえば、日常生活でお客様にお茶をお出しするときも同じです。ただ湯呑を置くだけでは美しくありません。軽くお辞儀をして、相手の目を見てお茶を出す。角度、間合い、注目、それによって美しさが表われてきます。
笑いの実践は、20分間も笑い続けるのは難しそうですが。
笑いの実践では、初級は20分、中級は30分、上級になると40分、全員で「あっはっはー」と笑い続けます。「そんなに長く笑えない」と皆さん思われますが、これもコツがあるんですね。まずは、いいイメージを持つこと。生かされて嬉しいなあ、食事ができてありがたいなあ、感謝すると自然に笑顔が出てきます。

もう一つのコツは、力加減をしないで、最初から大声でお腹の底から思いきり笑うこと。20分もあるから、最初は軽く笑っておこうというのはダメです。大きく笑うと体内にたくさんの酸素が入りますから、身体の中の60兆の細胞が活性化されて、どんどん元気になって、さらに大きく笑えるようになるんですね。

日本語には一語一語に意味があります。「あ」は天の神、「は」はものを生み出す力を意味します。ですから、「あっはっはー」という笑いは、天の生み出す力をいただくこと。そうして無心に笑っていると、心の岩戸が開かれます。そして、私たちの心の奥にいる神さまの力が外に出て、力がみなぎってきます。気持ちよく元気になりますから、いくらでも笑えますよ。
笑いといえば、枚岡神社の「笑いのご神事」についてお教えください。
毎年12月に行われるもので、神代の昔、天の岩戸(あまのいわと)に隠れた天照大神(あまてらすおおみかみ)が神々の笑いによって岩戸を開いたという、日本神話にちなんだご神事です。一年間の出来事を感謝の気持ちでともに笑い合い、雑念を笑い飛ばし、笑うことで福を招き新年の開運を願います。

去年は海外の方も含めて約3000人が集まりました。生かされて嬉しいなあ、ありがたいなあ、嬉しいことや楽しいこと、いいイメージを持って全員で20分間大笑いします。するとね、不思議なんですよ。笑っているうちに、そばにいる人と手を取り合ったり、一緒に飛び跳ねたり、老若男女みんなが調和していくんです。この「調和」は、非常に大切なことです。

宇宙から遠く離れて地球を見ると、一つの生命体に見えます。みな、生かし生かされているわけです。そのことに感謝すれば、助け合う心が生まれて調和が起こります。

感謝を忘れると、自分のことばかり考えて調和がなくなっていきます。逆に、感謝することができれば、自分も世の中の役に立ちたい、他人に対して何かをしてあげたいという慈悲の心が生まれます。そうすると人々は助け合い、世の中全体がよくなっていく。世界が調和していくのですね。笑いは感謝、そして世界平和への祈りに繋がります。
(写真提供:枚岡神社)
感謝、笑い、祈り、すべて繋がっていますね。
感謝の祈り、忘れないようにしたいものです。
古代の人々は水や空気、土、光、さらに目に見えないものや不思議な力に対しても、すべて神さまの名前をつけて敬虔な気持ちで感謝してきました。上空から日本列島を見ると森しか見えません。その森を作ったのは誰か、日本神話を読めばわかります。古事記に出てくるスサノオをはじめ、神々が森づくりをしてくれたから水が湧き、森と水によって稲作文化が発展したのです。

森の中の命の水が出るところに神々を祀り、そこを聖域として守ってきたのが神社のはじまりの形なのですね。森を守り、水を守り、そこに感謝の祈りを捧げてきた。祈りというのは、生かされていることへの感謝です。

人間はこの自然界の中でもっとも進化した生物です。他の生物と異なるのは、心と言葉を持っていること。言葉にする、心に思い描く、これができるのは人間だけです。そして、心に思い描いたことは、思い通りになっていきます。

これから美しい世の中を作ろうと思えば、自分の心を変えることです。私たちは自然に生かされていますから、人間も含めた自然のすべてを大事に慈しむという意識が必要です。人間の我欲で自然破壊が進み、地球が滅びないよう、私たちは心をよき方向に使わなくてはなりません。

生きとし生けるものすべてが豊かになることを思い描き、それを言葉にすれば、そういう世の中が実現します。自然が豊かになれば、おのずと人は幸せになっていきます。美しい祈りとは、感謝の祈りなのです。
「心を込めたらね、凛とした美しさがちゃんと姿に表われるんですよ」
中東宮司の言葉は、何か深い響きをもって心にしっかり刻まれていて・・・・・・。取材以降、ふとした折に、背筋を伸ばしてきれいに座ることや、きれいなお辞儀を心がけるようになりました。美しい所作、日常のさまざまな場面で意識したいものです。

巫女体験研修を修了すると「枚岡神社ひめの会」という会員証を授与され、神社のお祭りやご神事の際には、ご奉仕に来られる方もたくさんおられるとか。巫女体験や宮司の講話が参加者の方々の心に残り、日々の暮らしに生かされているからこそ、と思えます。

今年のお笑い神事は12月23日(天皇誕生日)。
今年から午前の部に加えて、午後5:30から夜の部として、天の岩戸開き(あまのいわとびらき)の神話を再現する「天の岩戸開き神事」が執り行われるそうです。

「枚岡神社ひめの会」の会員にこのご神事への参加を呼びかけたところ、瞬く間に90名近くの申し込みがあったのだとか。当日は宝塚さながらに、参道正面の階段に90名の巫女がずらりと並んで、ともにご神事をされるそうです。

皆が笑い合うことで「調和」が生み出され、世の中があかるくなるというお笑い神事。YouTubeでも、その様子を見ることができます。コンパクトにまとまり、臨場感あふれるおすすめはこちら→〈お笑い神事2014 枚岡神社

今年のお笑い神事は、もちろん私もお邪魔させていただく予定。感謝と元気とあかるい気持ちで、この一年を締めくくりたいと思います。
(取材:2016年10月)
中東 弘(なかひがし ひろし)さん
枚岡神社 宮司
1941年、大阪市生まれ。1960年、出雲大社にて神職の資格取得後、大山祇神社に奉職。1964年、春日大社に転任、1997年より定年退職まで同神社の権宮司を務める。その後、白屋八幡神社宮司を経て、2009年より枚岡神社宮司。南都樂所薬師として海外演奏多数。昭和天皇春日御親拝の際には和舞を御上覧。

枚岡(ひらおか)神社
河内国一之宮。奈良県との県境に近い生駒山麓に位置する。創建は古く、古事記・日本書紀で日本の初代天皇とされる神武天皇の即位3年前と伝えられており、約2700年の歴史を持つ。天児屋根命(あめのこやねのみこと)をはじめとした四神を祀り、奈良の春日大社が創建される際に二神の分霊を枚岡神社から春日大社へ移したことから「元春日」とも呼ばれている。

〒579-8033 大阪府東大阪市出雲井町7-16
HP:http://hiraoka-jinja.org/
H29年・巫女体験のご案内:http://hiraoka-jinja.org/special/miko.html
近鉄奈良線・枚岡駅下車すぐ。
阪神高速「水走出口」より約10分。駐車場(40台)あり。
中島 未月
五行歌人/詩人

心をテーマにした詩やエッセイ、メッセージブックなどを執筆。 著書は『心が晴れる はれ、ことば』(ゴマブックス)、『だいじょうぶ。の本』『だから優しく、と空が言う』『笑顔のおくりもの』(以上、PHP研究所)など多数。現在、「古代」「祈り」をテーマに、新たなフィールドの物語執筆に向けて準備中。
公式HP:http://nakajimamizuki.com/
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文・中島未月/写真・HABU/PHPエディターズ・グループ
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