ジェンダー目線の広告観察(小林美香)
広告を読み解きメディア・リテラシーを高める ジェンダー目線の広告観察
小林美香 (著) テレビや新聞、看板やウェブなどで、私たちの視界には大量の広告が入りこんできます。その一つ一つは短期間で新しいものに取り替えられてしまうはかない存在ですが、その圧倒的な情報量で、私たちにさまざまな価値観を擦りこむ役割を果たします。
著者の小林美香さんは、もともとは広告の専門家ではなく、作品としての写真の価値を伝える仕事をしてこられました。小林さんは、出産や育児を経験するなかで、女性の身体に向けられる世間の眼差しやメディアにおける女性の描かれかた(表象)に関心をもつようになりました。そして公共の空間における女性や男性の身体の表象を、とくに広告を対象にしてフィールドワーク(観察)するようになったといいます。 とくにコロナ禍に伴う社会の混乱と、そのなかでの東京五輪開催の流れのなかで、一方で多様性の実現が謳われながら、他方では人の外見に対する意識は古いままで画一的であるのを見て、小林さんは、メディア・リテラシーやジェンダー表現を学ぶ機会を学齢期からもつ必要性があることを強く意識するようになったそうです。 本書は、小林さんがフィールドワークで得た事例が、写真とともに解説されます。例えば、ビールの広告では、いくつかの手法で「男性らしさ」「女性らしさ」が強調されていることが紹介されます。男性タレント版では強い照明でくっきりした輪郭や表情を映し出し、手にもつのは重量感のあるジョッキであるのに対して、女性タレント版では、桜散る背景のなか髪をなびかせて、手にもつのは缶ビールです。添えられる文字も、男性版は太いゴシック、女性版は柔らかい手書き風文字といった具合です。 国や地域によって、同じ映画やドラマの宣伝素材が違うこともあります。例えば、2015年に公開された映画「未来を花束にして」(原題 SUFFEAGETTE=女性参政権論者)は、イギリスで20世紀初頭に、女性の参政権を求めて闘った女性たちを描いた作品ですが、オリジナルのイギリス版と、日本、フランス、アメリカでのポスターはそれぞれ違いがあります。英仏米版ポスターは、闘う女性たちの強さや、彼女らへの激しい弾圧を象徴するシーンが強調されていますが、日本版はそれよりも柔らかめで優しげです。 私もこの映画を公開当時に鑑賞しましたが、邦題やポスターからは、その激しさは想像していなかったので、ずいぶん衝撃を受けました。日本で「サフラジェット」という原題をそのまま採用してもおそらく通じないので仕方がない面はあるでしょうが、この邦題はちょっと違うなあと思ったことを記憶しています。(映画「未来を花束にして」の鑑賞記録をブログに書いています。よろしければご覧ください) 本書の中盤では、女性向け、男性向けの脱毛広告の詳細な分析が展開されます。そこでは、女性は他者からの視線にさらされ、容姿を評価され、選別される存在という前提が見えてきます。対して、男性向けの脱毛広告には、「デキる男」「強い男」の自己管理、鍛錬であることを示す表現が用いられています。 そして、「デキる男」には、強靭な身体をもち、仕事を通して社会的な地位を獲得することを目標とし、そのために同性の仲間とつるんで行動し、ふざけあうようなコミュニケーションが必要とされているという価値観が見えてくるというのです。ステレオタイプ的な女性像、男性像が強固に残っていることがわかります。 なお、多様性を認めていこうという流れのなか、いまだ従来のジェンダー観が色濃く反映されている広告がたくさん見られる背景には、広告業界で評価や決定を下す立場にある人が圧倒的に男性に偏っていることが影響しているのはどうやら否めないようです。 意欲や能力のある女性たちが活躍できない構造や、それが業界のアップデートを妨げているのは、リタ・コルウェル著『女性が科学の扉を開くとき』に書かれた理系科学者の世界と同じだと思いました。 日々、大量に発信される広告に社会や経済の状況が反映されていることに気づかせてくれる一冊です。 ジェンダー目線の広告観察
小林美香 (著) 現代書館 (2023/9/9) コンプレックスを刺激する脱毛・美容広告、バリエーションの少ない「デキる男」像。公共空間にあふれる広告を読み解き、「らしさ」の呪縛に抵抗する。 出典:amazon 橋本 信子
大阪経済大学経営学部准教授 同志社大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程単位取得退学。専門は政治学、ロシア東欧地域研究。2003年から初年次教育、アカデミック・ライティング、読書指導のプログラム開発にも従事。共著に『アカデミック・ライティングの基礎』(晃洋書房 2017年)。 BLOG:http://chekosan.exblog.jp/ Facebook:nobuko.hashimoto.566 ⇒関西ウーマンインタビュー(アカデミック編)記事はこちら |