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女性画家10の叫び(堀尾真紀子)

悩みもがきながらも描き続けた女性画家たち

女性画家10の叫び
堀尾真紀子(著)
堀尾真紀子さんは、NHK「日曜美術館」の司会者も務められた美術史家です。『女性画家10の叫び』は、岩波ジュニア新書の一冊で、いまと将来に悩み、迷う年頃の読者に向けて語りかけるように書かれた本です。

堀尾さんは、子どもの頃から絵を描くのが好きで、絵本や画集を繰り返しながめていました。高校生のとき、初めて美術館で本物の絵を見て、西洋文化への目を開かされます。それは堀尾さんにとって異質な世界との遭遇でした。

絵と出会うことで、新しい自分の発見につながるような面白さを抱くようになった堀尾さんは、とりわけ19世紀から20世紀にかけての女性画家に強い関心をもつようになります。

彼女たちが生きた時代は、国家のため、あるいは家父長制のもとに、個人が犠牲になり、女性が虐げられた時代でした。そんななかでも、女性画家たちは、自分らしくありたいと、悩み、もがきながらも描き続けました。自分のうちに突き上げる欲求を花開かせたその葛藤が、彼女たちの作品に輝きをもたらしているのだと堀尾さんは言います。

本書は、10人の女性画家を取り上げ、彼女らの人生と、それが作品にどのように反映されているかを、わかりやすく解説しています。

登場するのは、掲載順に、三岸節子、小倉遊亀、フリーダ・カーロ、レメディアス・バロ、ニキ・ド・サンファル、ケーテ・コルヴィッツ、桂ゆき、いわさきちひろ、マリー・ローランサン、メアリ・カサットです。

私がとくに印象に残ったのは、レメディアス・バロです。彼女は、家族からの自立、そして画家としての自立の歩みを表現した作品が独特な雰囲気を醸しています。

バロは、スペインの出身です。少女期は修道院学校で息を殺すようにして過ごし、15歳からは名門美術学校に学びました。さまざまな抑圧からの脱出をはかるために訪れたパリでは、新しい芸術運動であるシュールレアリスムのグループに飛び込み、芸術家たちのミューズ(インスピレーションを与える女神)のような存在になります。

しかし、第二次世界大戦が勃発し、身に危険が及んだ彼女は、パートナーだった詩人のペレとともにメキシコに渡ります。そこでも経済的に困窮し、生活のためになんでも描くという日々が続きます。戦後、ペレはパリに戻るのですが、バロはメキシコに残ります。40代半ばでようやく自分だけのアトリエを持ったバロは、朝から晩までキャンバスに向かい、次々と名作を生みだすのです。

もうひとり、ドイツの画家、彫刻家のケーテ・コルヴィッツの章も深く心に響きました。彼女の名は、ベルリンのノイエ・ヴァッヘ(戦争と暴力支配の犠牲者のための追悼所)にあるピエタ像(息子の死を嘆く母の像)の作者として知っていましたが、この像は、第一次大戦で戦死した彼女の次男を悼んだ像であること、そこには次男を戦争に行かせることを阻まなかった悔いが投影されていることを知り、こみ上げてくるものがありました。

コルヴィッツは、働く人びとを、圧政に抵抗する人々を、そして戦争の悲惨さを作品に表しました。権力者にとって、彼女の作品は好ましくないものでした。ヒトラー政権下では、芸術院会員の地位を追われ、さらに芸術活動を禁止されます。それでも彼女は、ひそかに制作活動を続けました。

コルヴィッツの遺作は、子どもたちを腕の下に抱え、戦争の脅威から敢然とした表情でその子たちを守る母親を描いた版画「種を粉にひくな」でした。彼女は、最期を看取った孫娘に次の言葉を遺しています。
「戦争がなくなったとしても、誰かがそれをまた発明するかもしれないし、誰かが新しい戦争をやり出すかもしれません。(中略)しかしいつかは新しい思想が生まれてくるでしょう。そして一切の戦争を根だやしにするでしょう。(中略)そのためには、人は非常な努力を払わなければなりません。しかし必ず目的を達します。平和主義を単なる反戦と考えてはなりません。それは一つの新しい思想、人類を同胞としてみるところの理想なのです」
本書に登場する10人の画家はみな魅力的で、その生涯や作品をもっと知りたいと思いました。ただ残念なことに、本書には、作品や画家の写真はわずかしか載っていません。インターネットで作品を検索しながら読み進めることをおすすめします。できれば大きな画面で!
女性画家10の叫び
堀尾真紀子(著)
岩波書店 2013年
小倉遊亀、三岸節子、いわさきちひろ、メアリ・カサット、マリー・ローランサン、フリーダ・カーロら画家として生きる道を選んだ女性たち10人の軌跡を描く。社会の無理解や軋轢を乗り越えながら、自らの表現を獲得すべく真摯に生きる姿は激しくも、美しい。残された作品とともに、その生き方にも魅了されることだろう。巻末には美術館案内を付す。 出典:amazon
profile
橋本 信子
大阪経済大学経営学部准教授

同志社大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程単位取得退学。専門は政治学、ロシア東欧地域研究。2003年から初年次教育、アカデミック・ライティング、読書指導のプログラム開発にも従事。共著に『アカデミック・ライティングの基礎』(晃洋書房 2017年)。
BLOG:http://chekosan.exblog.jp/
Facebook:nobuko.hashimoto.566
⇒関西ウーマンインタビュー(アカデミック編)記事はこちら



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