ノマド:漂流する高齢労働者たち(ジェシカ・ブルーダー)
日本においてもまったく他人ごとではない ノマド
漂流する高齢労働者たち ジェシカ・ブルーダー (著) / 鈴木 素子 (翻訳) 季節労働者や流れ者、放浪者(ノマド)は昔から存在していましたが、2000年代に入ってから、アメリカ全土に新しいノマドの一群が出現しています。まさか自分が放浪生活をすることになるとは思いもしなかった人々、それも60代、70代といった男女の高齢者が、続々と路上に出て、ノマド化しているのです。
彼らは、家に住むことを諦めて「車上生活」を送る、現代のノマド(放浪者)です。キャンピングカーに限らず、トラックやスクールバス、はては古いセダンを改造して住む人もいます。 彼らの多くは、かつては中流に属した人々です。彼らは、2008年のリーマンショックで貯蓄を失ったり、職を失ったりして、高額な医療費や住宅ローンや学生ローンの支払いが出来なくなり、そのため一番大きな出費である住居費を削るという選択をしたのです。 しかし、彼らは、自らを「ホームレス」とは考えていません。「ハウスレス」であると認識しています。なぜなら、彼らは避難所と移動手段をもち、季節労働であるにせよ、働いて収入を得て、自活しているという意識があるからです。 本書は、そうした現代のノマドたちに3年もの月日をかけて取材した成果をまとめたルポルタージュです。著者のジェシカ・ブルーダーさんは、サブカルチャーや経済問題を中心に執筆活動を行っているジャーナリストで、コロンビア大学ジャーナリズム大学院で教鞭もとっています。 ブルーダーさんは、車上生活者の実態を知り、心のうちを語ってもらうため、自らも寝泊まりできる車を入手し、数か月にわたる車上生活を実践しました。さらには、ノマドたちの働き場である大手通販会社倉庫の仕事や、ビーツ(砂糖の原料)の収穫作業の仕事もしました。 彼女が取材したノマドたちは数百人に及びます。なかでも特に長く深いつきあいをしたノマドたちは、忍耐強く、働き者で、親切な人々です。この人たちが、なぜ将来の見通しも立たないような状況に置かれ、不安定な生活を送らざるをえないのだろうと思います。 その背景には、アメリカ経済の衰退、超格差社会、不十分な社会保障や医療保険制度、そして、自力・自活を尊ぶ社会通念があります。 例えば、保険料や治療費が払えないために歯の治療が後回しになったり、治療して歯に被せをつけるよりも抜いた方が安いからと抜歯したりするといったエピソードが出てきます。 一か所に2週間以上、停泊してはいけない規則があるので、ノマドたちはしょっちゅう拠点を変えなくてはなりません。また、法を犯さずに停泊するには、安くても一泊2000円ほどする駐車料金を払う必要があります。わずかな年金や季節労働で得た現金収入では、いつもギリギリの生活です。決して気ままな放浪生活ではありません。 人手不足に悩む雇用者にとって、ノマドたちは、移動手段と居住場所を持ってやってきて、きつい仕事にも耐え、繁忙期が終われば去っていってくれる安くて便利な労働力です。ノマドたちにとっても、会社が借りた場所に合法的に停泊できて、まとまった現金が入ってくる仕事はありがたいものでもあります。 アメリカにおける社会保障制度、年金制度、健康保険制度の問題が背景にあるとはいえ、年々、開いていく経済格差、社会の分断、社会的弱者への風当たりの強まりは、日本においてもまったく他人ごとではありません。 本書に登場するノマドたちは、同じ生き方を選んだ人々と集い、車上生活の技を伝授しあったり、病人やケガ人を助けたりして、大きな仲間集団を形成しています。そのたくましさや前向きな生き方、育まれる友情に、ある種の憧れも抱きつつ、しかしそれは、公的なセーフティネットがあったうえでのチャレンジ、ライフスタイルであるべきだと思いながら読み終えたのでした。 なお、本書を原案とする映画「ノマドランド」(2020年制作)は、第93回アカデミー賞では計6部門でノミネートされ、作品、監督、主演女優賞の3部門を受賞しました。本書にも登場するノマドたち本人も数人、出演しています。 ノマド
漂流する高齢労働者たち ジェシカ・ブルーダー (著) / 鈴木 素子 (翻訳) 春秋社(2018年) 一見、キャンピングカー好きの気楽なリタイア族。その実、車上生活しながら、過酷な労働現場を渡りあるく人々がいる。気鋭のジャーナリストが数百人に取材、老後なき現代社会をルポ。日本の明日を予見するノンフィクション。 出典:amazon 橋本 信子
大阪経済大学経営学部准教授 同志社大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程単位取得退学。専門は政治学、ロシア東欧地域研究。2003年から初年次教育、アカデミック・ライティング、読書指導のプログラム開発にも従事。共著に『アカデミック・ライティングの基礎』(晃洋書房 2017年)。 BLOG:http://chekosan.exblog.jp/ Facebook:nobuko.hashimoto.566 ⇒関西ウーマンインタビュー(アカデミック編)記事はこちら |