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英米学者と読む「約束のネバーランド」(戸田慧)

『これはただの漫画ではない。文学だ!』

英米文学者と読む『約束のネバーランド』
戸田 慧(著)
「○○で学ぶ△△」という、うたい文句の本をよく見かけます。映画作品や小説など、親しみやすい媒体をとっかかりにして、歴史や言語、政治、社会事情への理解を深めていこうというものです。

これと一見似ていますが、まったく逆の立場で書かれた本があります。それは、歴史や文学を学ぶと、いま読んでいる作品に盛り込まれた象徴的なシーンやカットの意味がわかって、より理解が深まって楽しいですよ、というものです。

本書は、後者の楽しさを教えてくれる本です。歴史や宗教や文学を知っていると、マンガ作品がより一層面白く読めますよ、と専門家が愛情を込めて導いてくれる本です。

著者の戸田慧さんは、大学で英米文学やキリスト教、ユダヤ教について教えている文学者です。戸田さんは、『週刊少年ジャンプ』に連載していた長編マンガ『約束のネバーランド』(『約ネバ』)の第一話を読んで、これは面白いとハマり、毎週の発売日を待ちわびるようになりました。

『約ネバ』は、孤児院で「ママ」の愛情を受けて、すくすくと育っていた子どもたちが、自分たちが負っている過酷な運命をはねのけ、人間らしく生きていこうとするスリルとサスペンスに満ちた冒険ものです。

戸田さんは、読んでいくうちに、「これはただの漫画ではない。文学だ!」という想いがこみあげてきたといいます。

戸田さんによれば、文学とは、「筋書を超えた深い意味や象徴に満ち、現実世界や他の文学作品と深く結びついた物語」です。英米文学や宗教に詳しい戸田さんは、『約ネバ』が、イギリスの文化や児童文学、宗教、ジェンダーといった要素を幅広く、巧みに取り入れていることに気づきます。

しかし、文学作品がそうであるように、『約ネバ』のなかでも、この表現はどこどこからイメージを取ったものだ、といったような野暮な説明は添えられません。

そこで戸田さんは、『約ネバ』の読者は、作品の背景を知ることによって、氷山の水面下を見るようにその隠れた深みや厚みを知ることが出来るのではないか、そうすることで、もっと『約ネバ』を楽しんでほしいと思い、本書の企画を思いついたそうです。

たとえば、『約束のネバーランド』というタイトルは何を意味しているのでしょうか。私も子に勧められて『約ネバ』を読むようになったのですが、ネバーランドってどこかで聞いたけど、なぜ「約束」がつくんだろう…と、うっすら疑問に抱きながら、でもあまり深く気にせずストーリーを追っていました。

戸田さんによれば、このタイトルは、イギリス児童文学の名作を下敷きにしつつ、その設定をそのまま踏襲するのではなく、ひねりを加えているそうです。それがわかると、ますます、このタイトルが象徴する物語のラストはどうなるのだろうと気になってきます。でも、本書では、『約ネバ』の結末には触れないようにしてありますので、原作を読まずしてネタバレされてしまうことはありません。ご安心を。

『約ネバ』は、一話目がとにかく巧くて、カズオ・イシグロの小説を思い起こさせる舞台設定でグッとひきつけておいて、予想を上回る独自の世界を展開していきます。上述のタイトルもそうですが、登場人物や、ちょっとした小物も、実はイギリス文学の有名なモチーフになぞらえてあったり、ユダヤ教やキリスト教の古い教えや伝承が反映されていたりします。

物語の始めから出てくる、主要登場人物たちの首にある数字についても、作品中には明確な説明はありません。が、本書では、数字にまつわる作者の意図が解読されています。この部分を読んだときには、自分がいかにボーっと読んでいたかを思い知りました。

本書は、『週刊少年ジャンプ』編集部の許可を得て、原著から多数の絵を転載しているので、あまりに外れた解釈は書かれていないと思われますが、あくまで戸田さん独自の考察に基づくものであり、公式解読本ではありません。原作者は本当にそのつもりだったんだろうかと、あれこれ考えてみるのも面白いと思います。

『約ネバ』を読んでいる人には、「あああっ、ほんとだ! 気がつかなかった!」と驚きをもって納得できますし、読んでいない人は、「へえ~、そうなのかな」と原作を確かめたくなることと思います。

私は単行本派なので、『約ネバ』最終巻の刊行(2020年10月予定)をわくわくしながら待っているところです。どのような結末が訪れるのか、謎はすべて解き明かされるのか、私はそれらを理解できるのか! 楽しみです。
英米文学者と読む『約束のネバーランド』
戸田 慧(著)
集英社新書 2020年
あの鬼のモデルとなった人物は?「約束」や「原初信仰」の謎を解く鍵は?「約束のネバーランド」というタイトルの真の意味とは?謎を解く手がかりになる、いくつかの英米文学作品。鬼達の宗教「原初信仰」とユダヤ・キリスト教。階級、女王、狩り…鬼の社会と似た特徴を持つ国は?ジェンダーから見た「約束のネバーランド」という物語の新しさ…気鋭の文学研究者が徹底考察! 出典:楽天ブックス
profile
橋本 信子
同志社大学嘱託講師/関西大学非常勤講師

同志社大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程単位取得退学。同志社大学嘱託講師、関西大学非常勤講師。政治学、ロシア東欧地域研究等を担当。2011~18年度は、大阪商業大学、流通科学大学において、初年次教育、アカデミック・ライティング、読書指導のプログラム開発に従事。共著に『アカデミック・ライティングの基礎』(晃洋書房 2017年)。
BLOG:http://chekosan.exblog.jp/
Facebook:nobuko.hashimoto.566
⇒関西ウーマンインタビュー(アカデミック編)記事はこちら



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