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ミュシャから少女まんがへ(大塚英志)

相互に刺激しあってこそ文化は豊かになっていく

ミュシャから少女まんがへ
幻の画家・一条成美と明治のアール・ヌーヴォー
大塚英志(著)
アルフォンス・ミュシャ(1860-1939)。優美な女性たちを描いたポスターなどで一世を風靡したチェコ出身の画家です。日本でも大人気で、今年もミュシャの名を冠した大規模な美術展が全国各地を巡回しています。

今回のおすすめは、大塚英志『ミュシャから少女まんがへ 幻の画家・一条成美と明治のアール・ヌーヴォー』です。大塚さんはまんが原作者であり、まんが表現の教育者でもあります。京都文化博物館で開催中(2020年1月13日まで)の「みんなのミュシャ ミュシャからマンガへ―線の魔術」展のアドバイザーも務めておられます。

本書は、ミュシャら西洋美術の表現を貪欲に取り入れた明治の日本の画壇・文壇の動向を、たくさんの図版とともにていねいに解説するものです。

なかでも、大塚さんが注目するのは、幻の画家、一条成美です。一条は、与謝野鉄幹が発行する『明星』の表紙画や挿画を手掛けました。『明星』は与謝野晶子・北原白秋・石川啄木らが活躍した文芸誌です。

『明星』は一条の絵で一気に売り上げを伸ばしたとまで評されましたが、一条はほどなく鉄幹と袂を分かち、ライバル誌『新聲』に移籍します。その後、早逝したこともあって一条は忘れられていきました。

しかし一条が残したミュシャ風の絵は、非常に洗練されたものでしたし、与謝野鉄幹や晶子が『明星』誌上で展開した新しい文学の世界をもっともよく表していました。『明星』は少女たちが投稿という形で「私」を表現した空間でしたが、一条の挿絵は彼女らの「自我」と「内面」を絶妙に表現していたのです。

ところで一条が影響を受けたミュシャやアール・ヌーヴォーの絵画やデザインは明治の日本で大流行し、日露戦争時には、アール・ヌーヴォー風の絵はがきが大量に作られるなど、「様式」として定着していきます。

その後も高畠華宵や竹久夢二らが、その流れを受け継いだ絵画を描き、少女たちの人気を集めます。しかし昭和の戦争期には、「感傷的」な表現、つまり「私」の内面を抒情的に描くことは当局(内務省警保局)によって禁止されました。そうして、ミュシャやアール・ヌーヴォーも忘れられていきました。

ミュシャ本人は、1910年に、活躍の場であったフランスからチェコスロヴァキアに帰郷し、チェコ民族の歴史を題材とする大作に取り組みます。しかし、1939年、ナチス・ドイツがチェコに侵攻し、ミュシャはゲシュタポの拘束を受けたあと亡くなります。

ミュシャが活躍したフランスも1940年にはナチス・ドイツに占領されます。こうしてミュシャとアール・ヌーヴォーの系譜は、ファシズムによって終焉を余儀なくされたのです。

ミュシャが再評価されるのは、1960年代末のことです。再び本場フランスで展覧会が開かれるようになり、またアメリカのロックミュージックのレコードジャケットやポスターにミュシャ風のデザインが使われるようになります。

日本でも戦後、少女雑誌が復刊・発刊され、抒情的な表現が復活します。女性作家の手による少女まんがも発展します。

その代表ともいえる水野英子さんは、ロンドンやアメリカに渡って、ミュシャ風アートにリアルタイムで触れ、おおいに感化されます。

そうして、かつて明治の日本が貪欲に吸収してきたミュシャをはじめとするアール・ヌーヴォーの表現を、今度は少女まんが界をリードすることになる女性作家たちが再吸収していきました。

『明星』が創り出した少女たちの自我を表現する空間を、今度はまんがという形で、女性たち自身が再び創り出していくのです。

大塚さんは、現代のまんがが12世紀に描かれた「鳥獣戯画」や江戸時代の浮世絵から直線的に発展してきたもののように言うのは正確ではない、文化というものは国を越えて互いに影響し合って発展していくものなのだと強調されていました(2019年11月23日「みんなのミュシャ」展関連イベントの講演会、於京都文化博物館)。

ミュシャの時代にはヨーロッパでジャポニズム(日本趣味)が流行し、絵画にも日本的な表現が取り入れられました。そこでは日本の表現を西洋的に解釈することによって新しい表現が生み出されました。それを見た日本の画家たちは、そのセンスや技術を逆輸入して、さらにローカライズして自分たちの新しい表現を生み出していきました。

そのような吸収と融合と進化があるからこそ、文化は発展し、豊かになっていくのです。そうした歴史をきちんと踏まえることが大事だと繰り返されていたのが印象的でした。

ところで文化の往来と融合といえば、和歌山県立近代美術館ほかを巡回している「ミュシャと日本、日本とオルリク」展もまさにそれをテーマにしています。こちらもとても内容の濃い展覧会です。

和歌山での開催は2019年12月15日までですが、そのあと岡山や静岡でも開催されます。また、この展覧会の図録『ミュシャと日本、日本とオルリク』は一般販売もされていますので、併せておすすめします。
ミュシャから少女まんがへ
幻の画家・一条成美と明治のアール・ヌーヴォー
大塚英志(著)
角川新書(2019年)
与謝野晶子・鉄幹の『明星』の表紙を飾ったのはアール・ヌーヴォーの画家、ミュシャを借用した絵だった。以来、現代の少女まんがに至るまで多大な影響を与えたミュシャのアートは、いかにして日本に受容されたのか? 出典:amazon
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橋本 信子
同志社大学嘱託講師/関西大学非常勤講師

同志社大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程単位取得退学。同志社大学嘱託講師、関西大学非常勤講師。政治学、ロシア東欧地域研究等を担当。2011~18年度は、大阪商業大学、流通科学大学において、初年次教育、アカデミック・ライティング、読書指導のプログラム開発に従事。共著に『アカデミック・ライティングの基礎』(晃洋書房 2017年)。
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⇒関西ウーマンインタビュー(アカデミック編)記事はこちら



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