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ワルシャワの日本人形(田村和子)

残された物が語る人びとの記憶

ワルシャワの日本人形
戦争を記憶し、伝える
田村和子(著)
著者の田村和子さんは、ポーランドの児童文学などの翻訳を手がけられてきた方です。本書では、中欧の国ポーランドにおける戦争の記憶とその伝承について語られています。

ポーランドの首都ワルシャワの街には、戦争やレジスタンス(抵抗運動)の記憶を伝えるモニュメント(記念碑)や博物館(ワルシャワ蜂起博物館、ワルシャワ市歴史博物館など)が多数あります。本書に登場する日本人形はパヴィヤク監獄博物館に展示されています。

ポーランドは長い間、周囲の大国に支配され、分割されてきました。1918年に独立を果たしたかと思えば、1939年にはドイツに侵攻されます。第二次世界大戦の始まりです。

1939-44年のドイツによる占領期に、パヴィヤク監獄には、抵抗運動家など10万人が収容されました。そのうち約3.7万人が銃殺、約6万人が強制収容所に移送されました。

1944年8月21日、ドイツはワルシャワから撤退するにあたって、証拠隠滅のためパヴィヤク監獄を爆破しました。しかし戦後、ポーランド人の手によって、抵抗運動の記憶を伝えるパヴィヤク監獄博物館がつくられます。

ではなぜ、その博物館に日本人形があるのでしょうか。

パヴィヤク監獄博物館は、当時の監房の状況を再現しています。囚人が使っていた粗末な食器やベッドなどが展示されています。それらは戦後に瓦礫の中から掘り出されたものです。

ある部屋には囚人らの写真が壁一面にはめ込まれています。また囚人らが密かにつくった刺繍や人形、詩などが展示されています。それらの作品は「存在の誇りを求める闘い」と名づけられた陳列棚に飾られています。そこに日本人形も展示されています。

日本人形をつくったのは、カミラ・ジュコフスカという女性です。彼女は、経営する美容院を地下活動の拠点に提供し、そこで地下発行の新聞などをタイプしていました。そのことを密告され、40年6月パヴィヤク監獄に収監されます。

さて、日本人形ですが、これは20世紀初頭にヨーロッパで活躍したオペラ歌手、喜波貞子(きわていこ)の「蝶々夫人」をモデルにしたものでした。カミラは、喜波貞子の大ファンだったのです。カミラは、不自由でつらい監獄のなかでも、少しずつ材料を手に入れて、蝶々夫人の人形を作りました。

私も先日、現地でこの人形を見てきました。20センチほどの小さなもので、白い薄い生地の着物を着ています(田村さんは「淡いブルー」と書かれているので、色が褪せてきているのでしょうか)。黒い襟の下には白い半襟がのぞいています。

裾とたもとには白とピンクの花模様が描かれています。帯と扇子には水色の花の模様が描かれていて、お揃いになっています。金色の草履も履いています。

色白の瓜実顔に真っ赤なおちょぼ口。黒い目はつり上がり気味で、細いまゆが描かれています。結い上げられた髪は黒く、ピンクの髪飾りをしています。

カミラは42年5月に銃殺されました。この日本人形は、周囲の人々が命がけで守り、遺族に届けられました。

博物館には、他にもマスコットなどの手芸品や、手作りのトランプ、スケッチなど、囚人らがなけなしの材料で工夫して作ったものがたくさん展示されています。

人間は、どんな過酷な状況でも、なにかを作り出そうとし、そうすることで平常を保つことができる。創作が人を支えるのだということを、これらの遺品は訴えているようでした。

ところで、日本の8月は戦没者追悼式や平和関連行事がありますが、ポーランドでも8月は特別な意味をもっています。

1944年8月1日午後5時、ドイツ占領軍に対して、首都ワルシャワで市民による蜂起が開始されました(ワルシャワ蜂起)。

戦闘は63日間続きましたが、ドイツ軍に制圧されてしまいます。20万人近い市民が亡くなり、街の80%が破壊されました。 

蜂起は制圧されてしまいましたが、しかし、ポーランドの人たちは、この行動をたいへん誇りにしています。毎年、この日の午後5時には、市内各地でサイレンが鳴ります。

ちなみに今年(2019年)はワルシャワ蜂起75周年でした。街のいたるところにあるモニュメントには花が飾られ、ろうそくに火が灯されていました。

私はちょうどこの日、ワルシャワにいました。歩行者天国となった街の中心部には、多くの人がポーランド国旗の色である白と赤の腕章やリボン、髪飾りなどを身に着け、集まっていました。

午後5時には1分間サイレンが鳴りますが、その間は、ポーランド国旗を高く掲げたり、一斉に発煙筒を点けたりします。黙祷というよりは、「のろしを上げる」といった感じでしょうか。

ワルシャワ市民は、強大な相手に立ち向かい、多大な犠牲を経て、瓦礫の中から、かつての栄光の街並みを復興させたという人びとの記憶によって連帯しているように思えました。

注)パヴィヤク監獄については「パヴィアク」と表記するものが多いですが、本文では著者の表記どおり、「パヴィヤク」としています。

※パヴィヤク監獄博物館やワルシャワ蜂起記念日の様子などを含むワルシャワ見聞記をブログに載せています。よろしければご参照ください。 https://chekosan.exblog.jp/
ワルシャワの日本人形
戦争を記憶し 伝える
田村和子(著)
岩波書店 (2009)
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橋本 信子
同志社大学嘱託講師/関西大学非常勤講師

同志社大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程単位取得退学。同志社大学嘱託講師、関西大学非常勤講師。政治学、ロシア東欧地域研究等を担当。2011~18年度は、大阪商業大学、流通科学大学において、初年次教育、アカデミック・ライティング、読書指導のプログラム開発に従事。共著に『アカデミック・ライティングの基礎』(晃洋書房 2017年)。
BLOG:http://chekosan.exblog.jp/
Facebook:nobuko.hashimoto.566
⇒関西ウーマンインタビュー(アカデミック編)記事はこちら

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