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虚栄(久坂部 羊)

頭の隅に点滅する“虚栄”というキーワード

虚栄
久坂部 羊 (著)
「虚栄」というタイトルが、なぜか心に引っ掛かりました。本との出会いは必然だと感じた一冊です。

物語は、凶悪化した「がん」が蔓延し人々を恐怖が襲う中、政府が、がん撲滅国家プロジェクトを始動するところから始まります。

外科、内科、放射線科、免疫療法科、気鋭の医師団が結成され協力体制を整えますが、協力とは建前で、権力を奪い合う壮絶な戦いへと発展します。

外科チームは、最先端医療のロボット手術で成果を上げようと、国産初の医療支援ロボット「HAL」をマスコミに公表するのですが―

(本文よりp.223)
「HALの手術と、これまでの腹腔鏡手術では、どこがいちばん異なるのでしょうか」

「それはもう、何から何までちがいますよ。腹腔鏡の手術では、画像が二次元だけれど、HALの画像は3Dだからね。

距離感もつかみやすいし、縫合するときも肉眼と変わらない。それどころか、ズーム機能で視野を拡大すれば、肉眼では見えない微妙な層まで識別できる。…安全かつスムーズに処置ができるんです」…

「たしかに、開腹手術では、腹部は上からしか見えませんものね。航空写真みたいなものですね。そのたとえで言うなら、HALはストリートビューでしょうか」

「その通りだ。うまいこと言うね」

黒木は満足げに顔をほころばせ、ブランデーを啜(すす)る。
阪都大の准教授である黒木医師は、ロボット手術の第一人者。

HALを大々的に売り出し、成功例を上げ、プロジェクトから抜きんでたい。欲望に突き動かされ、手術を急ぐのですが・・・。

これは医学界を舞台にしていますが、著者はもっと広く、全ての人に投げ掛けているように感じます。

頭の隅に点滅する“虚栄”というキーワード。
どこが自分のアンテナに触れたのか?

そう考えた時、音楽に限らず、何かと本気で向き合っている人にとって、一番遠くにある言葉、近づいてほしくない言葉、ではないかと思いました。

不必要な情報が多すぎる今日。
SNSに蔓延する虚栄の嵐。

あまりに便利な世の中に生きることの危うさ。
思考までもが簡略化されそうになり、自分を戒める日々。

「簡単に一言でいえば?」
すぐに結論を求められて辟易することがあります。

物事を重層的に捉える。
この感覚は、音楽、そして読書から得たものかもしれません。

時折感じる息苦しさの正体を掴みました。
虚栄
久坂部 羊 (著)
KADOKAWA/角川書店
がん治療開発の国家プロジェクトは、覇権争いの場と化した。現代医学の最先端にうずまく野望と、集学的治療の罠。医学界とメディアの欺瞞をえぐり出す、医療サスペンス! 出典:amazon

植木 美帆
チェリスト

兵庫県出身。チェリスト。大阪音楽大学音楽学部卒業。同大学教育助手を経てドイツ、ミュンヘンに留学。帰国後は演奏活動と共に、大阪音楽大学音楽院の講師として後進の指導にあたっている。「クラシックをより身近に!」との思いより、自らの言葉で語りかけるコンサートは多くの反響を呼んでいる。
HP:http://www.mihoueki.com
BLOG:http://ameblo.jp/uekimiho/
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