超<集客力>革命(蓑 豊)
人気美術館が実践する、街も人も蘇るすごい集客術! 超<集客力>革命
蓑 豊(著) 神戸市のJR灘駅を出て、「ミュージアムロード」を海に向かって進むと、ゆったりとした歩道に大きな緑色のオブジェがどーんと立っています。「なんだろうこれ。ししとうのお化け?」と見上げながら進むと、兵庫県立美術館のグレーの建物が目に入ってきます。美術館の屋根の上には、これまたカラフルでピエロのような愛嬌のある巨大なカエルが。建物は世界で活躍する建築家の安藤忠雄さんの設計で、巨大カエルはフロレンタイン・ホフマンさんの作品「美(み)かえる」です。(→こちらのブログに写真があります)
この神戸市立王子動物園から美術館までの1kmの道を「ミュージアムロード」と名付け、芸術、文化の香りを感じるものにするという構想を立てたのが、兵庫県立美術館の館長で、今月のおすすめの一冊の著者、蓑豊さんです。カナダやアメリカの美術館、世界的なオークションハウスであるサザビーズ、大阪市立美術館や金沢21世紀美術館などで辣腕をふるってこられました。金沢21世紀美術館での実践は、『超・美術館革命』(角川oneテーマ21 2007年)に詳しいので、こちらも併せてどうぞ。 長く海外の美術界で活躍されてこられた蓑さんには、日本の美術館がとっつきにくくて敷居の高い場所に感じられました。そこで美術館をもっと親しみやすいものにしようと奮闘されています。時間ができたから行こうと思えるところ、遠方からやってきた友人を案内したくなるような場所、市民の応接間のような場所というのが蓑さんのめざす美術館です。 たとえば、兵庫県立美術館は大きく3つの部分からなりますが、そのうちの一棟であるギャラリー棟は、さまざまな団体の発表の場として貸し出しています。地元の児童の写生大会の作品発表に使うこともあります。子どもたちの作品目当てに訪れた親子、あるいは祖父母たちが、ついでに常設展や企画展を見ていくかもしれません。子育て世代の親がゆっくり鑑賞できるよう託児サービスもあります。 館内には入館料のいらないスペースもあります。そこでは、毎週末、無料のコンサートが催されています。毎週末かならず何かをやっているとなると、それに期待して人が来るようになります。音楽家にとっても美術館で演奏するというのは良い機会なので、快く引き受けてくれるそうです。 毎週イベントがあると、その都度、新聞などでも取り上げてもらえます。とにかく足を運んでもらうには、人の目にとまることが大事なので、兵庫県立美術館の名前が毎週と言わず毎日、新聞に出ることを目標にしているそうです。 ところで美術館は儲かる施設ではありません。それでも、黒字にする努力は必要ですし、工夫次第でそれは可能であることを蓑さんは実践で示してきました。ただし、「当たる」展覧会をやるのではなく、「やるべき」展覧会を「当てる」工夫です。 展覧会のタイトルを工夫するだけでも、来場者を増やすことは可能だそうです。2010年に開催され、通常のコレクション展としては異例の観客動員数を記録した「麗子登場!! 名画100年・美の競演」展が良い例です。 これは、神奈川県立近代美術館と兵庫県立美術館が所蔵している名品を半々で展示する企画でしたが、そのまま両館の「名品展」と銘打ったのでは面白みがありません。目玉作品である岸田劉生の作品「麗子像」をフィーチャーしたタイトルにしたことが評判を呼んだのです。たしかに私もこの企画展のポスターを電車で見たときには、公立の美術館がこんなタイトルをつけるとはと衝撃を受けました。 集客の工夫といえば、兵庫県立美術館に限らず、最近では多くの展覧会で撮影スポットを設けています。来場者が写真をSNSなどで拡散することで、お金をかけずに宣伝ができるという作戦です。私も撮らずにはいられない派で、顔出しパネルがあると顔を突っ込むことなしに素通りすることが出来ません。 ミュージアムグッズもお楽しみの一つです。昔は絵ハガキか複製画くらいのものでしたが、今では衣食住に関わるグッズが山ほど売られています。おかげで、我が家には一生使い切れないほどのクリアファイルや一筆箋やノートやマスキングテープが集まっています。今しかない、ここにしかないと思うと、つい買ってしまうのです。 このように美術館や博物館は、ずいぶん親しみやすく、楽しい場所になっています。もちろん、展示そのものにも工夫が施されています。作品の並べ方、解説の仕方も昔と比べるとわかりやすくなりました。学芸員や担当の職員のみなさんが頭をひねって、工夫を凝らしておられることが伝わってきます。 今後ますます学芸員さんたちが専門性を活かした仕事をして、それが市民に還元されるような文化的な環境が広まってほしいと思います。そのためには、私たちが文化施設に足を運び、感想を伝えることが大事ではないかと思います。館内のアンケートに答えたり、SNSに投稿したりと、私たちからの発信方法も今やさまざまなツールがありますよ。 本書には、兵庫県立美術館の運営の工夫のほか、蓑さんのサザビーズでの経験、世界の美術館紹介、優れた文化施設がまちを活性化した米インディアナ州コロンバスの例、福原義春氏(資生堂名誉会長、東京都写真美術館長)との対談と盛りだくさんな内容となっています。美術館に限らず公的な施設の企画・運営・広報に関わる人にも参考になると思います。 橋本 信子
同志社大学嘱託講師/関西大学非常勤講師 同志社大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程単位取得退学。同志社大学嘱託講師、関西大学非常勤講師。政治学、ロシア東欧地域研究等を担当。2011~18年度は、大阪商業大学、流通科学大学において、初年次教育、アカデミック・ライティング、読書指導のプログラム開発に従事。共著に『アカデミック・ライティングの基礎』(晃洋書房 2017年)。 BLOG:http://chekosan.exblog.jp/ Facebook:nobuko.hashimoto.566 ⇒関西ウーマンインタビュー(アカデミック編)記事はこちら |