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海賊とよばれた男 上巻(百田尚樹)

追いつめられた時にこそ解決策を見つけ出す

海賊とよばれた男(上)
百田尚樹 (著)
この作品は、出光興産の創業者、出光佐三をモデルに書かれています。

私自身、彼の生き様に、ずいぶん励まされました。

タイムカードなし、出勤簿なし、馘首(かくしゅ)なし、定年なし。

「人間尊重」を重んじ、大地域小売業、つまり商品を動かすだけの中間搾取はしない、「生産者より消費者へ」を第一とする主義方針。

第2次世界大戦中、苦しい経営状況下でも、国のために採算度外視の決断をします。

物語の主人公は、石油業を手掛け、国岡商店を営む国岡鐡造(くにおかてつぞう)。

ある時、石油輸送の要である、タンカーの日章丸を海軍が徴用したいと要請してきました。

(本文より)
「うちの大事なタンカーをタダ同然で徴用するとは、海軍さんもきつい」常務の甲賀は言った。

「同感です」同じく常務の柏井が言った。「金額的にも打撃だが、それよりもタンカーを取られたら、うちの輸送力がなくなってしまう」…

鐡造は重役たちの言葉を聞いて、「ちょっと待て」と言った。

「今、日本全体が総力を挙げて戦っているときに、国岡商店の利益だけを考えてはいかん。ぼくは海軍がうちのタンカーを欲しいというなら、喜んで差し出すべきだと考える」驚く重役たちに鐡造は続けた。…

「日章丸はついに、生まれたる使命を果たす幸運に恵まれたと考えるべきである。日章丸が日本のために活躍するのは、国岡商店の誇りであり喜びである」
日本のために、日本国と共に戦った鐡造。敗戦に絶望するも、「日本人がいるかぎり、日本が滅ぶはずはない」と力強く前を向きます。

明治44年(1911年)、九州で事業を興してから34年。社員は5人から1,000人にまで増えました。

兵隊として戦った社員、厳しい戦場で国岡商店の看板を背負い、守り抜いた社員、合わせて800人以上が続々と復員してきます。

戦後の痛手は経営を追いつめていました。重役会議の中、どう立て直すかが議論されます。

(本文より)
「それでは」と森藤が言った。「社歴が浅くて、すぐに兵隊に取られた若い者だけでも、辞めてもらうというのはどうでしょう」他の重役たちも頷いた。…

「馬鹿者!」鐡造の怒鳴り声が会議室に響いた。一同は驚いて鐡造の顔を見た。

「店員は家族と同然である。社歴の浅い深いは関係ない。君たちは家が苦しくなったら、幼い家族を切り捨てるのか」鐡造の激しい怒りに甲賀たちは震えあがった。…

店主は本気だ、と甲賀は思った。・・・「もし国岡商店がつぶれるようなことがあれば―」鐡造は言った。「ぼくは店員たちとともに乞食をする」
鐡造の店主としての決意、覚悟を見たようです。

経営が傾いたからといって辞めさせない。

それは、理想論とも思われるところですが、「当然のことだ」と言い切る鐡造に、強く胸を打たれました。

1,000人の家族を抱えて、一番の窮地に立たされているのは鐡造です。

どんな困難が襲い掛かっても、その理念を貫くために悩み、もがき、苦しみながら打開策を導き出す。

追いつめられた時にこそ、人が考えもつかないような解決策を見つけ出す。

そのりりしい姿に私自身どれだけ勇気をもらったか分かりません。

本業である石油を扱えない戦後、ラジオの修理や漁業など、仕事になりそうなものは何でも取り入れ、急場をしのぎますが、さらなる困難が降りかかります。

そんな彼の起伏に富んだ人生に重なる音楽は、サン=サーンス(1835-1921)の交響曲第三番ハ短調「オルガン付き」です。

交響曲にオルガンが入っているのは珍しく、しかも元々は教会に備わっている「パイプオルガン」ですから、存在感は圧倒的です。

二楽章、地響きが起こるかのごとく鳴り響くオルガンの音色。

鐡造の、血と汗と涙の結晶であるタンカー「日章丸」が雄大に海を渡る姿と重なります。

その後の国岡商店、そして日本の復興…。

それは次回に続きます。
サン=サーンス:交響曲第3番《オルガン》
デュトワ指揮/ モントリオール交響楽団
海賊とよばれた男(上)
百田尚樹 (著)
講談社(2012)
敗戦の夏、異端の石油会社「国岡商店」を率いる国岡鐵造は、なにもかも失い、残ったのは借金のみ。そのうえ石油会社大手から排斥され売る油もない。しかし国岡商店は社員ひとりたりとも馘首せず、旧海軍の残油集めなどで糊口をしのぎながら、たくましく再生していく。20世紀の産業を興し、人を狂わせ、戦争の火種となった巨大エネルギー・石油。その石油を武器に変えて世界と闘った男とはいったい何者か―実在の人物をモデルにした本格歴史経済小説、前編。 出典:amazon
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植木 美帆
チェリスト

兵庫県出身。チェリスト。大阪音楽大学音楽学部卒業。同大学教育助手を経てドイツ、ミュンヘンに留学。帰国後は演奏活動と共に、大阪音楽大学音楽院の講師として後進の指導にあたっている。「クラシックをより身近に!」との思いより、自らの言葉で語りかけるコンサートは多くの反響を呼んでいる。
Ave Maria
Favorite Cello Collection

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