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月と六ペンス(サマセット・モーム)

まぶしいほど崇高な生き方

月と六ペンス
サマセット・モーム (著)
名作といわれる「月と六ペンス」。

その魅力はどこにあるのか?と、ワクワクしながら手にとった本です。

歴史でも恋愛でも、推理小説でもない。

ジャンルを問われると困りますが、 あえて表現すれば一人の人間の生きざまを描いた、そんなお話です。

さて、その内容は…。

ロンドンに暮らす40歳の男、ストリックランド。

妻と二人の子供、平凡ではあるが幸せな日々を送っているように見えました。

しかし、ある日突然姿を消します。

いったい何が起こったのでしょう?

まったく予感すらなかった、そんな失踪でした。

なんと彼は単身パリへ渡ったのです。

理由はたった一つ、画家になるためでした。

(本文より)
「じゃあ、どうして奥さまを捨てたんです?」

「絵を描くためだ」

わたしは、目を丸くして相手の顔を見た。意味がわからなかったのだ。

この男は頭がおかしいのだろうかと思った。…

「しかしもう四十じゃないですか」

「だから、いましかないと思ったんだ」

「絵を描いたことはあるんですか?」

「ああ、子どもの頃は画家になりたいと思っていた。…絵をはじめたのは一年前だ。一年間、夜間の教室に通った」…

「その年で絵なんてはじめて、ものになると思うんですか?たいていは十八くらいで描きはじめるでしょう。」

「十八のときより、いまのほうが早く身につくはずだ」
この時からストリックランドは、本当の自分の人生を歩みはじめます。

ロンドンに残した家族を思い出すこともなく、人とかかわろうとしませんでした。

その非常識さに、「皆がそんな生き方をしたら世界は回らない」と批判されても、 そんな考えこそばからしいと言い放ちます。

「たいていは退屈な暮らしに満足している。」

私はこの一言にハッとさせられました。

利己的、粗野で人から好かれるタイプではないし、地位も名誉もまったく興味がない。

みごとなまでの無頓着さ!

でも、画家としてひたすら努力し、一生懸命に未来を見た人生です。

まぶしいほど崇高な生き方です。

物語の前半はパリが舞台。

誰にも評価されないストリックランドの才能を認め、 献身的に世話する友人と、その妻との三角関係が繰り広げられます。

その後、各地を転々とし最後は楽園の島タヒチへ…。

島の人びとはおおらかで、ストリックランドにとって心地よかったのでしょう。

ここで創作活動は花開くのです。

「純粋」という言葉がストリックランドを追ううちに浮かびました。

何かに没頭するとき、まさに芸術を生み出すとき、真剣だからこそ孤独を渇望するのです。

この物語を読んで私自身の内側に響きわたった音楽は、 ドビュッシー(1862-1918)のピアノ曲、「月の光」です。

パリで活躍したドビュッシーは生粋のフランス人。

なぜ、「月と六ペンス」と「月の光」が重なったのか?

月と月が引き寄せられた理由をさぐると面白い共通点がありました。

ドビュッシーはピアノを良く弾きましたが、 ピアニストとして名声を得ることはありませんでした。

レッスンで先生に指摘されても

「ボクはこれでいいんだ」

と意見を聞かず、自分勝手な弾き方をしたようです。

作曲に関しても同じで、従来の形式にとらわれない独自の書き方をしました。

しかしドビュッシーの生みだす音の世界は魅力的で、 作曲家として現代に名を残すことになりました。

「月と六ペンス」の主人公ストリックランドとドビュッシーは、 独自の芸術を追究する似た者同士だったのです。

全369ページにわたる「月と六ペンス」ですが、 著者モームの鋭い洞察力と予想のつかない展開に時間を忘れてのめりこみました。

読み終えた後、すぐにモームの短編小説を二作品読んだほどです。

さて、物語のつづきです。

パリからタヒチへ渡ったストリックランド、その後どうなったのでしょう?

絵は評価されたのでしょうか?

この物語は「タヒチの女」で有名なゴーギャンをモデルにしたともいわれていますが、 ストリックランドには恐ろしい結末が待っています。

しかし命果てたとしても、悔いのない人生だったことは確かだと強く、強く思います。
月の光~フランス・ピアノ名曲集
フランスのピアニスト、ジャック・ルヴィエの名演です。
月と六ペンス
サマセット・モーム(著),金原瑞人(翻訳)
新潮社(2014
ある夕食会で出会った、冴えない男ストリックランド。ロンドンで、仕事、家庭と何不自由ない暮らしを送っていた彼がある日、忽然と行方をくらませたという。パリで再会した彼の口から真相を聞いたとき、私は耳を疑った。四十をすぎた男が、すべてを捨てて挑んだこととは―。ある天才画家の情熱の生涯を描き、正気と狂気が混在する人間の本質に迫る、歴史的大ベストセラーの新訳。 出典:amazon
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植木 美帆
チェリスト

兵庫県出身。チェリスト。大阪音楽大学音楽学部卒業。同大学教育助手を経てドイツ、ミュンヘンに留学。帰国後は演奏活動と共に、大阪音楽大学音楽院の講師として後進の指導にあたっている。「クラシックをより身近に!」との思いより、自らの言葉で語りかけるコンサートは多くの反響を呼んでいる。
Ave Maria
Favorite Cello Collection

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