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春の雪 豊饒の海(三島由紀夫)

美しい三島文学の世界

春の雪 豊饒の海(一)
三島由紀夫 (著)
三島由紀夫(1925-1970)と言えば、衝撃的な自決の最後が浮かびます。

そんな得体の知れない怖さがあり、正直なところ距離を感じていました。

ですが、距離があるからこそ沸きあがる興味が三島文学に触れるきっかけとなったことは否めません。

そして実際、その世界は想像とまったく違うものでした。

「春の雪」は四部作「豊饒(ほうじょう)の海」の一巻です。

ちなみに「豊饒」とは、肥えた土地に穀物が豊かに実っているさま、です。

舞台は大正初期。主人公は、渋谷に十四万坪の土地をもつ侯爵家に生まれた、清顕(きよあき)。

あまりにも恵まれた毎日は、少しずつ清顕のわがまま心を育てていきます。

(本文より)
『清顕は十八歳だった。それにしても、彼がそういう悲しい滅入った考えに、繊細な心をとらわれるには、その生れて育った家は、ほとんど力を及ぼしていない、と云ってよかった。

渋谷の高台のひろい邸(やしき)で、彼に似通った心事の人を、探すのにさえ骨が折れた。

武家でこそあれ、父侯爵が、幕末にはまだ卑しかった家柄を恥じて、嫡子の清顕(きよあき)を、幼時、公卿(くげ)の家へ預けたりしなかったら、おそらく清顕は、そういう心柄の青年には育っていなかったろうと思われる。』
幼い頃に預けられた綾倉家の令嬢・聡子に恋心を抱く清顕。

二歳年上の聡子も、清顕に魅かれていきます。

しかしある日、聡子と宮家の王子の婚約が決まってしまう…。

思い通りにならない、初めての「事件」。

皮肉にもこの婚約を引き金に、清顕と聡子の悲恋がはじまります。

雪の朝、密かに会う二人。

ひたむきな熱い気持ちと、凍る寒さのコントラスト。

その描写は、息をのむような美しい言葉にあふれます。

純粋さのみならず、人間の野蛮性までもやわらかく包む三島の日本語は、読み手の心を浄化するようです。

この四部作の重要なテーマは、「輪廻転生」(りんねてんしょう)。

第一巻のラストシーン、主人公・清顕は、親友の本多繁邦(ほんだしげくに)に最後の言葉を告げます。

(本文より)
『一旦、つかのまの眠りに落ちたかのごとく見えた清顕は、急に目をみひらいて、本多の手を求めた。そしてその手を固く握り締めながら、こう言った。

「今、夢を見ていた。又、会うぜ。きっと会う。滝の下で」』
清顕の生まれ変わりに本多は「会う」のか。

それは二巻へつづきます…。

大作である「豊饒の海」を書き上げた翌日、三島由紀夫は自決しました。

さて、「春の雪」に惹きよせられる一曲をご紹介します。

シューベルト(1797-1828)の弦楽四重奏曲第13番「ロザムンデ」です。

「キプロスの女王ロザムンデ」と言う劇の音楽を作曲したシューベルトが、気に入ったメロディーを弦楽四重奏に引用しました。

弦楽四重奏はヴァイオリン二本、ヴィオラ、チェロの四つの楽器で演奏されます。

オーストリアの作曲家シューベルトは、ベートーヴェンと同じ時代を生きました。(ベートーヴェンの葬儀に参列しています)

その音楽はメロディーの宝庫。

純粋な旋律はスッと心に入ります。

31年と言う短い人生にもかかわらず、数々の名曲を残しました。

「春の雪」、美しい文学の世界が堪能できる一冊です。
シューベルトの弦楽四重奏「ロザムンデ」
アルバン・ベルク四重奏団
春の雪 豊饒の海(一)
三島由紀夫 (著)
新潮文庫
『豊饒の海』(ほうじょうのうみ)は、三島由紀夫の最後の長編小説。『浜松中納言物語』を典拠とした夢と転生の物語で、『春の雪』『奔馬』『暁の寺』『天人五衰』の全4巻から成る。最後に三島が目指した「世界解釈の小説」「究極の小説」である 出典:amazon
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植木 美帆
チェリスト

兵庫県出身。チェリスト。大阪音楽大学音楽学部卒業。同大学教育助手を経てドイツ、ミュンヘンに留学。帰国後は演奏活動と共に、大阪音楽大学音楽院の講師として後進の指導にあたっている。「クラシックをより身近に!」との思いより、自らの言葉で語りかけるコンサートは多くの反響を呼んでいる。
Ave Maria
Favorite Cello Collection

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