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池田 千波留
パーソナリティ、ライター 香のん

タカラジェンヌ歳時記 趣味・カルチャー 2015-07-17
宝塚 夢の舞台は楽屋から ー楽屋用品ー

まばゆいスポットライト、回るミラーボール、
衣装のスパンコールがきらめく宝塚歌劇の舞台は
世界でもっともキラキラしていると言い切っても過言ではないでしょう。

そのキラキラは、舞台裏である楽屋から始まっているのです。
タカラジェンヌは公演期間中、
楽屋着やスリッパ、小物にいたるまで、
フリルなどの装飾が施された楽屋用品に囲まれて
日々過ごしています。

今月は宝塚歌劇の楽屋用品を扱うお店のひとつ、
『すみれと天使のプレゼントハウス 宝塚・花のみち アンジェリーナ』様に
ご協力いただき、楽屋用品に注目しました。
(以下、店名の敬称は略します)

まずは楽屋用品にはどんなものがあるのでしょうか。

●化粧前(写真2)
楽屋では生徒さん(*注1)一人一人にスペース(鏡台)が割り当てられています。
基本的にそこで化粧など出演の準備をしますが、その場所を化粧前と呼びます。
ややこしいのですが、その鏡台の埃除けやおしゃれのためにかける布のことも
「化粧前」と呼ぶのです。
(後出の「化粧前」は注意書きがない限り、この布製品を指します)

化粧前には、下掛けと上掛けがあります。ランチョンマットなどのように敷くのが下掛け。
その上にかぶせるのが上掛けです。
宝塚大劇場、東京宝塚劇場、中日劇場、博多座など、劇場ごとにサイズは異なります。

*注1)宝塚歌劇団の団員はすべて生徒で、入団1年目は研究科1年生。
    以後学年が上がっていきます。略して研1、研2…と呼びます。


●てるてる(写真3)
楽屋着のことで「てるてる坊主」が語源です。
胸元のゴムを広げて脱ぎ着するので、メイクを崩しません。
基本的にドレスを着用する娘役さんはデコルテ、背中や腕にまで
ボディファンデーションを塗るので「てるてる」を着ています。
男役さんでもラインダンスに出ている間は同じようにデコルテなどに
ボディファンデーションを塗らなければなりませんので「てるてる」を着ます。

ラインダンスを卒業する学年、あるいは燕尾服のダンスなどに抜擢されるようになると
首から下にボディファンデーションを塗らないので「てるてる」ではなく、
ガウンを着るかたもおられます。
「てるてる」は汗やボディファンデーションなどで汚れるので洗い替えが必要です。
寮から通っている下級生は洗濯機を使用しにくいため(何事も上級生順)、
1週間分(6,7着)を着まわしてまとめて洗っているそうです。

●おかもち(写真3左)
化粧品やメイク道具、ヘアスプレー、飲み物などを入れるカゴ。
化粧直しなどのため、おかもちを舞台袖に置いておく場合があるため、
持ち運びしやすいよう取っ手つきのものを使用します。
化粧品の粉などで汚れたときに手入れしやすいプラスチック製のカゴを、布で装飾をします。

●座布団(東京宝塚劇場では座椅子カバー)
約45cm四方に10cmほとのフリルをつけるのが定番。

●スリッパ(写真1)
下級生の間は、トウ(つま先)が見えない普通のスリッパに装飾をします。
これは洋装のマナーとして、格式ある場にはつま先を覆った靴を履くのと同じ感覚だと思います。
学年が上がるにつれて、トウが見えるタイプのスリッパや、ヒールがあるスリッパ、
健康維持のために健康サンダルを使用するなど、自由になってきます。

●ティッシュカバー
●その他
ポットケース、はけたて、綿棒入れなど

これらを家族やファンが手作りされる場合もありますが、
楽屋用品をすべて揃えるとなるとプロの楽屋用品作家さんでも1ヶ月はかかります。
宝塚にはアンジェリーナのように、楽屋用品を扱うお店がいくつかあります。
このあとは、アンジェリーナの代表佐原ナオミさんに、もう少し踏み込んだお話をお聞きします。

アンジェリーナの代表佐原ナオミさんは「スクールメイツ」ご出身。
お母様の代からの宝塚歌劇ファンで、いつか宝塚歌劇に貢献できるお店を開きたいと
考えていたそうです。

2000年9月、亡くなったお母様が力を貸してくれたとしか思えない偶然が重なって、
花の道に面した場所で「アンジェリーナ」をスタートされました。
アンジェリーナでは、バレエ用品、店名にちなんだ天使のグッズ、宝塚のお土産物、
そして宝塚歌劇の楽屋用品を扱っておられます。


▪️アンジェリーナでは特に「下級生に優しい楽屋用品」を心がけていらっしゃるとか。

宝塚歌劇団では上下関係が厳しいのは有名だと思いますが、
楽屋用品も学年によって明確に違いがあるのです。
それは素材。下級生はすべてコットン製でなくてはなりません。
上級生(目安は研5)になるにつれ、サテンやベロア、モアレといった
上質で見栄えのする生地を使えるようになります。

コットン製品は、ともすると野暮ったく垢抜けない感じになってしまいがち。
でも、楽屋ってジェンヌさんが一番ホッとする場所であり、
そこでエネルギーをチャージしてまた舞台に出て行くわけでしょう?
だから少しでもテンションが上がる楽屋用品にしてさしあげたい。
コットンのような素朴な素材で作るときこそ楽屋用品作家さんの腕の見せ所です。

デザイン、生地の模様の出し方、共布でバラをつけるなど、
少しでも華やかに可愛らしく、それでいて華美になりすぎないよう工夫を凝らしています。

それから、見えないところ、たとえば『てるてる』のポケットの内側など、
生地の端を出したままでもかまわないような部分でも
『生徒さんがポケットに手を入れたときに、
ほつれた糸が指にからまったりしたらきっと気持ちが下がるはず』と、
丁寧に縫い込む作家さんもいらっしゃるんですよ。
そういった気配りの優しさと、価格面での優しさも心がけています」

▪️楽屋用品の作家さんは何人くらいいらっしゃるのでしょうか?
また、どのような方が作家さんに向いていると思われますか?


変動があるのですが、だいたい10人くらいでしょうか。
洋裁学校で学ばれた方や、洋裁が得意な方が応募してこられます。
意外に思われるかもしれませんが、宝塚歌劇を見たことがないかたも来られるんです。
そういうかたには、まず一度宝塚歌劇を見てください、と。
あの世界観を知らないで楽屋用品を作ることはできませんから。

宝塚歌劇のあのキラキラ感!
あれだけ輝いていてもケバケバしくない、上品でしょう?
楽屋用品にもそれが必要です。
いくら仕上げが美しくても宝塚の世界観が表せないかたは
残念ですが、宝塚歌劇の楽屋用品作家さんには向いていないと思います。

▪️楽屋用品はオーダーメイドなのでしょうか

出来上がったものをお買い上げいただく場合もありますし、ご注文をいただくこともあります。
オーダーの場合、特にご要望がなければ、お使いになるジェンヌさんのイメージで
生地や模様を選んで製作します。
時には公演ポスターからイメージを膨らませることもあります。

イニシャルの刺繍、お気に入りのキャラクターのモチーフをつける、
リボンは付けないでほしい、などのご要望があれば、できる限りそれに沿って作ります。
色も重要な要素で、お使いになるジェンヌさんがダイエット中とお聞きすれば、
食欲を抑える青っぽい色で統一するなど配慮しています。

▪️楽屋用品に対する評価やご意見などはフィードバックされるのですか?

具体的な感想をいただくことはあまりありませんが、
同じジェンヌさんからリピートしてご注文頂けることが
気に入っていただけた証だと思っています。
また、楽屋用品についてのお話ではなく、ちょっとした会話からニーズを見つけて
商品にむすびつけることもあります。

たとえば「ピンチハンガーを使っていろいろなものを吊り下げているの」とお聞きしました。
化粧前(鏡台)の限られたスペースを有効活用するために空間を利用されているんですね。
それならそれもデコレーションしましょう、というように。

私たちのご提供する楽屋用品は決して表舞台には出ませんが、
よりくつろげて、よりテンションを上げて舞台に出られるようサポートさせていただきたいと
常に思っています。
そういう意味で、私たちもわずかでも夢の世界をサポートしていると、誇りを持っています。

▪️これからの夢を教えてください

これまでたくさんのジェンヌさんとご縁をいただきました。
そのなかには、舞羽美海さん(元雪組トップ娘役)のように、
宝塚音楽学校受験前からのお付き合いのかたもいらっしゃいます。
舞羽さんとは、受験規定に沿いながらもより美しく見えるレオタードのデザインを
一緒に考え、お作りしました。

そういったことが口コミで広まって、アンジェリーナのレオタードを注文してくださる
受験生が増えました。そんなときには、私のスクールメイツ時代の経験から
アドバイスすることもあるんですよ。

宝塚音楽学校の予科生は花の道を通れない規則なので、
合格されたかたは本科生になるのを待ちかねるように再び来てくださいます。
お世話をした受験生が合格して訪ねてくださる、それは本当に嬉しいことです。
逆に、宝塚歌劇団を卒業されるときのお世話をさせていただくこともあります。

宝塚歌劇では、退団される公演で千秋楽が近づくと、楽屋用品を白で統一するのです。
そのお世話をさせていただいたジェンヌさんが、退団後外部の舞台にご出演の際、
「これからもお世話になりますね」と訪ねて下さることもあり、ありがたく嬉しいです。
「ゆりかごから墓場まで」じゃないですが、ジェンヌさんの卵からスターさん時代、
そしてご卒業や外部でのご出演にいたるまで、ずっとサポートさせていただき続けたいです。

最後に、実際に楽屋用品を製作されている作家さん達の声をお届けします。

楽屋用品製作にあたって、何に一番気を使っておられますか?
▪️生地選びから縫製まで、全てに気を配っています。
▪️お客様情報を「宝塚おとめ」(*注2)などで調べて、役柄、衣装、時代背景などを
しっかり調べて製作に取り掛かります。

*注2)「宝塚おとめ」:宝塚歌劇団現役生全員の顔写真と、プロフィールが掲載されている冊子。
毎年4月に発行される。写真は黒紋付着用、普段化粧での撮影。プロフィール欄には誕生日や出身地、出身校、芸名の由来のほか、趣味、コレクション、好きな花や色・食べ物などが書かれている。


どんな時に製作者として喜びややりがいを感じますか?
▪️製作中はデザインに悩み苦しむこともありますが、時間をかけて完成した時に感動を覚えます。
▪️お客様や生徒さんにお買い上げ頂いた時や、喜びの声を伺えた時です。
▪️スカイステージ(CSテレビ)や公演プログラムなどで、自分の製作したお稽古スカートなどが映っているのを見た時です。

宝塚歌劇という夢の世界を支えるお一人として今後の夢は?
▪️生徒さんたちが気持ち良く舞台で輝けるようにサポートしていきたいです。
▪️アンジェリーナで人気の作家になりたいです。
▪️宝塚歌劇の歴史の中で受け継がれた伝統の一つである楽屋用品をこれからも伝えていきたいです。
▪️時代と共に楽屋用品のニーズも変化していると思われます。現在どんな商品がほしいのか、現場の声をお聞きしたいです。
▪️日本人の繊細なものづくりの技術を通して、宝塚歌劇の良さを海外にも発信できたらと思います。

アンケートは以上です。ご協力ありがとうございました。

今回、お話を聞かせていただき、
宝塚歌劇の楽屋用品が華やかなのには意味があるとわかりました。
細やかな心配りがこもった楽屋用品に囲まれているからこそ、
生徒さんたちは一層輝きを放つのでしょう。

宝塚歌劇は、このように表舞台には姿を見せない人たちに支えられて
夢を紡ぎ続けているのです。


【取材ご協力】
すみれと天使のプレゼントハウス宝塚・花のみちアンジェリーナ様
アンジェリーナ代表佐原ナオミ様
アンジェリーナ楽屋用品作家の皆様


 

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