HOME  Book一覧 前のページへ戻る

空の青さはひとつだけ マンガがつなぐ四日市公害(池田理知子・伊藤三男) 他

公害の記憶を語り継ぐ

空の青さはひとつだけ
マンガがつなぐ四日市公害
池田理知子・伊藤三男(編/著) 矢田恵梨子(マンガ)

きく・しる・つなぐ
四日市公害を語り継ぐ
「四日市公害を忘れないために」市民塾・土曜講座の記録
伊藤三男(編)
三重県四日市市の「四日市公害と環境未来館」に行ったときのことです。小学4年生で亡くなった少女が使っていたぜんそく患者用の吸入器が展示されているのを見て強い衝撃を受けました。日本全体が高度成長に沸く1960年代半ば、幼稚園児だった彼女はぜんそくを発症したのでした。

鈴鹿川が伊勢湾に注ぐ河口付近を中心に多くの住民を苦しめた四日市ぜんそくは、日本の高度経済成長期に起こった「四大公害病」の一つです。

私が小学生の頃には、すでにこれらの公害病をめぐる裁判で原告側が勝訴し、日本が公害の抑制に動き出していました。けれども夏の暑い日などにはしばしば光化学スモッグ注意報が出されて、戸外に出てはいけないと言われました。ですので、公害はまだまだ身近なことという意識はありました。しかし、同館を見学して、隣県で起こっていたことについて何も知らなかったことに気づかされたのです。

今月の2冊は、「四日市公害と環境未来館」見学後、遅ればせながら四日市公害について勉強しようと思い、同館で買い求めたものです。

昔は海水浴で賑わった四日市の海岸ですが、港として整備が進み、海軍の燃料廠ができ、工場が誘致されました。そのため戦時中には何度も空襲に遭い、ほぼ壊滅します。戦後、再び工場が建ち始め、工業地帯として発展します。日本全体が復興、経済成長に邁進している時代、四日市の発展は地元から歓迎されました。

ほどなく周辺地域は、ひどい悪臭に悩まされるようになります。そして、奇形の魚が見られるようになり、ぜんそくに苦しむ人々が急増します。ところが、ぜんそく自体はよくある病気であったため、企業も行政も因果関係を認めず、対策に乗り出そうとしません。

そこで健康被害を訴える住民が原告となり、5年ほどの期間をかけて裁判を起こします。裁判の進展に伴い、企業も行政も、汚染物質の除去や総量規制、健康被害の救済措置を講じるなど事態の改善に向けて動き始めます。そして、1972年、原告側が勝訴します。被告企業は控訴せず、判決は確定しました。しかし、さきに述べた少女は、勝訴判決の1か月後、発作による心臓麻痺で亡くなってしまったのです。

『きく・しる・つなぐ 四日市公害を語り継ぐ』は、公害裁判や、被害の記録、記憶の継承に携わってきた人々から直接話を聞く連続市民講座の記録です。弁護士として、科学技術の専門家として、患者として、子を亡くした親として、公害発生側の企業人として、どのようにこの公害に立ち向かっていったのか。当時を直接知らない「聞き手」との対談という形で語られます。講演録という形だからこその生々しい証言が残されています。

講演後の質疑応答では、「公害」に代わって、「環境」という、より広い意味を持つ言葉が使われるようになるとともに、公害は昔どこかの地域で起こったことというような扱いになっていることへの危惧も議論されています。

たしかに、ピーク時と比較すれば、日本国内での汚染物質の発生は相当抑制されるようになりましたし、新たな患者を生んではいないかもしれません。でも、四日市に限らず、各地で公害による健康被害に苦しむ人や、大切な人を亡くした悲しみを抱えながら暮らす人々が今もいて、無知や無理解によって辛い思いをされています。にもかかわらず、公害は終わったこととされ、忘れられていっている現状があります。

『空の青さはひとつだけ』は、四日市出身のマンガ家・矢田恵梨子さんが、亡くなった少女のお話を漫画にした「ソラノイト~少女をおそった灰色の空~」を巻頭に、若い世代による四日市公害を語り継ぐ取り組みについてまとめた本です。四日市公害になじみのない方には、まずはこちらをおすすめします。

なお、「四日市公害と環境未来館」は、たいへん工夫されたていねいな展示で、小学生のお子さんから大人まで飽きずに勉強できます。見学記録をブログに載せています。ぜひご覧いただき見学に行ってください。
空の青さはひとつだけ
マンガがつなぐ四日市公害
池田理知子・伊藤三男(編/著) 矢田恵梨子(マンガ)
出版社 ‏:くんぷる(2016年)
公害は終わった出来事ではない。現在もその公害で苦しんでいる人もいる。本書は、マンガ「ソラノイト」を軸として多くの人が繋がり、そして現在の問題のさまざまな問題へと連なって考え、それらをあらわしたものである。 出典:amazon

きく・しる・つなぐ
四日市公害を語り継ぐ
「四日市公害を忘れないために」市民塾・土曜講座の記録
伊藤三男(編)
出版社:風媒社(2015)
“風化”の試練にさらされる四日市公害問題を、いかにして人々の記憶に刻みつけるか。当時を知る〈語り手〉と若い〈聞き手〉が語り合い、公害問題を振り返ることの今日的意義を浮かび上がらせた〈連続講座〉の記録。 出典:風媒社
profile
橋本 信子
大阪経済大学経営学部准教授

同志社大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程単位取得退学。専門は政治学、ロシア東欧地域研究。2003年から初年次教育、アカデミック・ライティング、読書指導のプログラム開発にも従事。共著に『アカデミック・ライティングの基礎』(晃洋書房 2017年)。
BLOG:http://chekosan.exblog.jp/
Facebook:nobuko.hashimoto.566
⇒関西ウーマンインタビュー(アカデミック編)記事はこちら

OtherBook
積ん読の本(石井千湖)

好書家たちの積ん読事情