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源氏物語の教え(大塚 ひかり)

現代の女子たちにも通ずる人生の指南書

源氏物語の教え
もし紫式部があなたの家庭教師だったら
大塚 ひかり(著)
今から千年以上前、平安時代に書かれた紫式部の『源氏物語』は、登場人物の心理描写を極限まで追求した大長編小説で、時代や国境を越えて多くの人に読まれる超ロングセラー小説です。

『源氏物語』は、帝の皇子として生まれ、文芸の才にも恵まれた絶世の美男子、光源氏の生涯と、彼の子孫たちの恋愛を描いた宇治十帖編からなりますが、後で述べますように、もともと限定された読者向けに書かれたものなので、読みやすいとは言えません。

けれども、この夏、『源氏物語』を漫画にした大和和紀さんの『あさきゆめみし』を読み、この時代の女性たちの生き方への関心がむくむくと沸いてきました。

わかりやすく解説している本はないかなと物色したところ、『源氏物語』の現代語訳(全6巻、ちくま文庫)を手がけた大塚ひかりさんの『源氏物語の教え』を見つけました。ちくまプリマー新書は中高生対象なので、平易でマイルドな解説本なのかなと思いきや、これがなかなか辛辣で、言いにくいこともズバッと直截に書いてあります。現代の女子たちにも通ずる人生の指南書として『源氏物語』をとらえていて、実に面白かったです。

副題の「もし紫式部があなたの家庭教師だったら」が気になりますね。紫式部は、落ち目になった貴族出身で、かつ夫に先立たれたシングルマザーでした。漢文や和歌などの才を見込まれて、中宮(帝の妃のうち最高位)彰子の家庭教師として仕えた人だったのです。

ところで当時の結婚は、男性が女性のもとに通う通い婚であり、また一夫多妻制だったので、女性の側から足繁く通ってもらえるよう働きかける必要がありました。天皇の后たちも同様で、帝の気を引くような、魅力的な「文化サロン」を運営することを競っていたのです。

『源氏物語』も、彰子のサロンの呼び物として書かれたものでした。当時は印刷がなく、手書きしたものを製本して回し読んでいたので、最新号が読みたければ彰子サロンにいらっしゃいというわけです。したがって『源氏物語』が想定する読者層は、かなり限られていました。

そうして書かれた『源氏物語』は、華やかな恋愛ストーリーであるだけでなく、「実用書」でもありました。宮廷社会における男女の出会いから婚姻に至るやり取りが克明に描かれていることに加え、女子が壁にぶつかった折に生きる指針となり得ることばの数々が詰まっているのです。

平安時代の貴族階級の女子は学校で人生や性について教わるわけではないので、こうした物語などから人生の乗り越え方を吸収したのですね。

『源氏物語』に登場する多くの女性たちは、それぞれに魅力があります。美しかったり、才気があったり、優しかったり、一途で純粋だったりと、さまざまなタイプの女性たちが描かれます。

しかし男性は、そのような女性たちを、取り換えのきく存在として軽々しく扱います。源氏によって、少女の頃に見いだされ、理想の女性になるよう育てられ、生涯、熱烈に愛された紫の上でさえ、源氏の秘めたる相手であった藤壺の身代わりという面がありました。

そして、源氏の末子や孫の代の恋愛を描いた『宇治十帖』の部では、もはや美化された女性は出てきません。大塚さんいわく、ヒロインの浮舟は、ふがいなく、気弱で、人に侮られるような「ダメ女」です。しかし、彼女はぼろぼろになりながらも、自分の心の平安を保つすべを自分で見出し、自分の足で立ち、自分の選んだ道を進むのです。

紫式部は、『源氏物語』を通して、理想の女性像を描きながら、同時に、自分だけでも自分を尊重して自分を守ろうと繰り返し主張していると大塚さんはいいます。平安時代と現代とでは社会制度も慣習もずいぶん違いますが、「私は私」、自分自身で感じる「幸福感」こそが大事なのだということが『源氏物語』から読みとれるのです。『源氏物語』の普遍性や現代的意義を教えてくれる一冊です。
源氏物語の教え
もし紫式部があなたの家庭教師だったら
大塚 ひかり(著)
ちくまプリマー新書 2018年
宮中サロンの家庭教師になったシングルマザー紫式部。彼女が娘と天皇の妻に施した女子教育とは? 源氏に学ぶ女子の賢い生き方入門 出典:amazon
profile
橋本 信子
大阪経済大学経営学部准教授

同志社大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程単位取得退学。専門は政治学、ロシア東欧地域研究。2003年から初年次教育、アカデミック・ライティング、読書指導のプログラム開発にも従事。共著に『アカデミック・ライティングの基礎』(晃洋書房 2017年)。
BLOG:http://chekosan.exblog.jp/
Facebook:nobuko.hashimoto.566
⇒関西ウーマンインタビュー(アカデミック編)記事はこちら

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