HOME  Book一覧 前のページへ戻る

バイエルの謎/バイエルの刊行台帳(安田寛)

探究の道のりはまさにミステリー小説

バイエルの謎
日本文化になったピアノ教則本
安田 寛 (著)
バイエルの刊行台帳
世界的ベストセラーピアノ教則本が語る音楽史のリアル
小野亮祐(著)安田寛(著)
ピアノといえば『バイエル』、『バイエル』といえばピアノのお稽古と連想する方は多いのではないでしょうか。

日本に西洋音楽が導入された明治初期に、初心者向け教則本として取り入れられ(1880年)、ピアノ教則本の代名詞として君臨してきた超ロング・ベストセラーです。

1990年ごろからは、日本でしか使われていない時代遅れの教則本と批判され、人気も下火になりましたが、『バイエル』の名を冠したピアノ教則本、併用曲集、ドリルは数えきれないほど出版され、さらにはピアノを超えて、基礎、入門、幼児向けというような意味に使われるほどに浸透していました。

ところが、それほどまでに普及した教則本を作った19世紀の作曲家フェルディナント・バイエルその人については、ほとんど知られていませんでした。

それどころか、世界中探しても、数冊の事典に数行の記載があるだけ。ドイツの音楽事典の中でも最大の『音楽の歴史と現在』全29巻全2万5千ページには一行も記載されていないというのです。

もしかすると、バイエルは実在の人物ではないのだろうか。『バイエル』は、複数の作曲家が作った教則本なのだろうか。同じくピアノ教則本で有名なチェルニーと同一人物だという説もあるが、それは本当なのだろうか。

著者の安田寛さんは、大ベストセラー作曲家なのに、その経歴や素性がさっぱりわからないバイエルの謎を、何年もかけて解き明かしていきます。

そもそも日本でしか使われていないというのは本当なのか。『バイエル』を初めに日本に紹介した人を突き止めれば、日本以外でのバイエルの評価もわかるのではないか。『バイエル』にはいろいろなバリエーションがあるが、バイエル自身が書いた初版は残っているのだろうか。それは、のちの編集者が改訂したものとはどのように違うのだろうか。

国内外を飛び回って原典にあたり、ひとつ、またひとつと謎を解いていくと、『バイエル』と作曲家バイエルにまつわる真実が少しずつ明らかになっていきます。

『バイエルの謎』の面白さは、安田さんの探究の道のりに沿って語られていくところにあります。もうこれ以上はわからないかとあきらめかけた頃に、研究者仲間から貴重な情報が寄せられたり、資料館の有能な司書さんに助けられたりして、いよいよ作曲家バイエルの人物像に迫っていく後半は、ミステリー小説のクライマックスのよう!

そして、『バイエル』がなぜ106曲という中途半端な曲数からなるのかがわかるラストでは、バイエルがこの教則本に込めた意図や思いに感動すら覚えました。

続く小野亮祐さんとの共著『バイエルの刊行台帳』では、凡庸で多作なだけの職業作曲家という評価を受けてきたバイエルの肖像画が、彼の楽譜を出版していたショット社に、今も、うやうやしく掛かっているのはなぜかという疑問に迫ります。

知名度や音楽美学的な評価でいえば、ベートーヴェンやワーグナーのような大作曲家とは並ぶべくもないバイエルですが、出版部数で見ると、逆に、けた違いのヒットメーカーでした。出版社にとってはドル箱作曲家兼編曲家だったのです。

どうしてバイエルの楽譜はそんなに売れたのか。その頃のピアノ教則本や曲集の特徴を分析することで、バイエルの作品が必要とされた背景がわかっていきます。

さて、2012年に発行された『バイエルの謎』と、2021年に発行された『バイエルの刊行台帳』とは、9年の開きがありますが、この間に大きく変わったのが、資料のデジタル化です。

安田さんがバイエルについて調べ始めた頃(2000年代初頭)には、ひとつの資料を見るためにドイツやアメリカに飛んで、手書きのメモを取ってかえるというような状況でした。そもそも求めるような資料が存在しているのかどうかもわからなかったり、存在したとしても非公開だったりもしました。

そのような貴重な古い資料が、急速にデジタル化されて、インターネットで閲覧できるようになっていきました。それによって、バイエルにまつわる事実は、飛躍的に判明していきます。

調査の初期にはあれだけ苦労して見つけ出したものが、今やインターネットでなんとあっさり閲覧できてしまうのか!とも思えますが、貴重な資料が公開されていくことによって、今後さらに、バイエルのような人たちの功績を再評価できることが期待できますね。

『バイエル』でピアノのお稽古をした私には、懐かしく、そして新鮮な驚きをもって、夢中で読んだ2冊でした。
バイエルの謎
日本文化になったピアノ教則本
安田 寛 (著)
音楽之友社(2012/5)
「バイエル」は、日本のピアノ文化にもっとも影響を与えた教則本。なぜバイエルなのか?バイエルとはなにものか?本当に実在したのか?100年以上も「バイエル」を弾き続けてきた日本人と日本の音楽史にとって、画期的な発見。19世紀の「謎の音楽家」バイエルを追って、著者は、アメリカ、ウィーン、ドイツを旅した。バイエルを日本に輸入した人、チェルニー&バイエル同一人物説からバイエル偽名説、初版の存在や、ついに見つけた戸籍簿まで、謎解きはスリリングに展開する。読み応えあるノンフィクション。 出典:amazon

バイエルの刊行台帳
世界的ベストセラーピアノ教則本が語る音楽史のリアル
小野亮祐 (著), 安田寛 (著)
音楽之友社(2021/4)
あの『ピアノ教則本』はとても有名だけど、そのほかのことはほとんど何も知らない……音楽史には出てこない無名な作曲家、バイエル。 しかし著者が訪れたドイツのショット社本社の廊下には、ワーグナーやリゲティなどの“大作曲家"たちと並んで、バイエルの肖像画が飾られていた。これは一体なぜなのか―― 出典:amazon
profile
橋本 信子
同志社大学嘱託講師/関西大学非常勤講師

同志社大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程単位取得退学。同志社大学嘱託講師、関西大学非常勤講師。政治学、ロシア東欧地域研究等を担当。2011~18年度は、大阪商業大学、流通科学大学において、初年次教育、アカデミック・ライティング、読書指導のプログラム開発に従事。共著に『アカデミック・ライティングの基礎』(晃洋書房 2017年)。
BLOG:http://chekosan.exblog.jp/
Facebook:nobuko.hashimoto.566
⇒関西ウーマンインタビュー(アカデミック編)記事はこちら

OtherBook
あん(ドリアン助川)

昔の話ではなく私たちの生きる現代が舞台

となりのカフカ(池内 紀)

人間味あふれる実像