ザ・『ディスプレイスト(ヴィエト タン ウェン)
「場所を追われた者」たちの物語 ザ・ディスプレイスト
難民作家18人の自分と家族の物語 ヴィエト・タン・ウェン (編) The Displaced ― 難民、流民
世界には、戦乱や迫害などで故郷を追われた人々が約7千万人います(2019年6月末現在)(*1)。日本の人口が約1億2602万人(*2)ですから、その半数を軽く超える人数です。もしも7千万人がひとつの国をつくったら、世界で20番目に大きな国になります(*3)。 本書は、アメリカやヨーロッパにおいて排外的政策・感情が高まるなか、かつて難民であった18人の作家によって編まれたエッセイ集です。 作家たちは、出身も年齢も定住先も、故郷をあとにした理由や状況も、それぞれに違います。国を追われたきっかけは、ヴェトナム戦争(1960-75)やアフガニスタン紛争(1979-89)、ボスニア内戦(1992-95)のような戦乱であったり、ハンガリー動乱(1956)のような民主化運動への弾圧であったり、国の社会・政治・経済が壊滅的な状態に陥ったためだったりとさまざまです。 彼らは、移り住んだ先で、「昔の皮を脱ぎ捨てて以前のアイデンティティを放棄し、ここにいられるのはありがたいと機会があるたびにほのめかす」ことが「受け入れの暗黙の条件」であることを感じ取って、そのように振舞ってきました。 言葉を覚え、必死で学び、働き、その社会に溶け込もうとしました。あるいは何かで抜きん出ようと努力を重ねてきました。 ところが、ここ数年、不寛容、排除の空気がヨーロッパやアメリカで濃厚になってきました。彼らはふたたび、「自分の故郷であって故郷でない土地。かつて逃れてきたこの土地にいまいると、わたしたちはよそ者で、これまでもずっとよそ者だったのだと気づかされる」事態に陥っています。 一方で排外主義感情に対抗しようとする人びとは、「あたかも、難民を受け入れれば、投資にたいしてちゃんと見返りがあると証明するかのように」「よき市民になった幸せな難民」たちを称賛するけれども、そういった語り口のなかにも、彼ら難民をいつまでもよそ者として位置付ける意識が潜んでいることをディナ・ナイェリーは指摘します。 西洋の基準で成功した難民を美化することもまた、感謝を強いる政治を認めることにならないだろうか。いちばん従順な人たちを、難民はかくあるべしという模範としてしまっているのではないか。本来であれば、全員がその土地で生まれた国民と同じ選択肢を与えられるべきなのに。平凡で幸せな生活を送る権利は、故郷を離れることがなかった人たちだけのものなのか。…立派な難民とそうでない難民を区別する考え方は受け入れられない。(ディナ・ナイェリー「恩知らずの難民」より)
このような自らの体験から紡ぎだされる作家たちの声を聞く(読む)ことで、難民でないわたしたちは、難民となった人々のことを、顔のないかたまり、危険なよそ者、あるいは、情けをかける対象、受け入れ国に貢献すべき人々としてしかとらえていないことに気づかされます。
ところで日本は、ごく限定的にしか難民を受け入れていません。それは難民認定を求める人の数が少ないからではありません。日本が難民の定義を極めて狭くし、厳格に適用しているからです。 そもそも、生命の危機にある難民と、生活の向上を求めて自ら移住する移民との違いが理解されずに混同されているような状況です。まずは、そうしたことから知る/知らしめる必要があります。 ディナ・ナイェリーは断言します。 「安全なところに生まれた人は、危機に瀕した人がノックしたら扉をあける義務がある」「文明人は、墓場の縁から助けを求めてきた人に履歴書を求めたりはしない」
文明人であろうとするわたしたちは、編者であるヴィエト・タン・ウェンの次の言葉を真摯(しんし)に受け止めなくてはなりません。
物語を聞いたり本を読んだりするだけで満足するのは危険だ。…人々が腰をあげて世界へ出て、文学が語る世界のあり方を変えようとなにかをすることで、ようやく文学は世界を変えることができる。
参考: (*1) 日本経済新聞2020年1月6日 「7000万人流浪、狭まる受容 欧州難民危機から5年 ビジュアル世界情勢2020(1) 難民」https://www.nikkei.com/article/DGXMZO54047900V00C20A1FF8000/ (2020年2月1日確認) (*2) 2020年1月1日の概算値 総務省統計局HPより https://www.stat.go.jp/data/jinsui/new.html (同上) (*3) 国別人口順位は2018年の国連の統計を参考にした。 出所:グローバルノート - 国際統計・国別統計専門サイト https://www.globalnote.jp/post-1555.html (同上) ザ・ディスプレイスト
難民作家18人の自分と家族の物語 ヴィエト・タン・ウェン (編) Viet Thanh Nguyen (原著), 山田 文 (翻訳) ポプラ社 (2019) ぼくの生きる場所がこの世界にありますように。世界各地の難民作家が描く「場所を追われた者」たちの物語。 出典:amazon 橋本 信子
同志社大学嘱託講師/関西大学非常勤講師 同志社大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程単位取得退学。同志社大学嘱託講師、関西大学非常勤講師。政治学、ロシア東欧地域研究等を担当。2011~18年度は、大阪商業大学、流通科学大学において、初年次教育、アカデミック・ライティング、読書指導のプログラム開発に従事。共著に『アカデミック・ライティングの基礎』(晃洋書房 2017年)。 BLOG:http://chekosan.exblog.jp/ Facebook:nobuko.hashimoto.566 ⇒関西ウーマンインタビュー(アカデミック編)記事はこちら |
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