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天空の舟(宮城谷昌光)

壮大な中国史の源流

天空の舟
小説・伊尹伝 上・下巻
宮城谷 昌光(著)
四千年前の中国、夏(か)から殷(いん)へと王朝がうつる、革命の時代。

今でいう「首相」として、混乱の世をまとめた稀代の人、伊尹(いいん)の物語です。

ある日、伊尹(いいん)の母は夢を見ます。

そこに神があらわれ、「近いうちに大洪水がおこる」と恐ろしいお告げを受けます。

実はこの時、伊尹はまだ母のお腹にいたのです。

(本文より)
『神女のことばは、淳々とつづく、「あなたの家の、臼や竈(かまど)に、蛙がのっていれば、すみやかに東へむかって走りなさい。

十里走りつづけると桑園があります。そこではひときわ大きい桑の樹がみつかるでしょう。その樹には空洞のところがありますから、そこへあなたの児をあずけなさい。

ただし、その児を桑の樹にたくすまえに、けっしてうしろをふりかえってはなりません。よろしいですか。洪水のことは、むらびとに告げてもかまいませんが、おそらく信じる者はだれもいないでしょう。」』
夢から覚めて間もなく、伊尹(いいん)は生まれます。

そして預言通り、洪水がおこるのです。

嬰児を抱え命からがら桑園へ走るなか、後ろを振り返ってしまう母。

突如として巨大な水に飲まれてしまいます。

その瞬間、とっさに嬰児を「桑の木」の空洞にかくし、自身は水底へと溺れてしまいます。

この桑の木は一隻の船のように嬰児を守りながら、黄河へと流されます。

物語はこうして、どこか不気味にそしてドラマティックに始まります。

どれほど漂流したのか、幸いにも君主のむすめに発見される伊尹(いいん)。

その出現に、「桑から生まれた奇跡の嬰児」と国中が湧きます。

当時、桑の木は神木で「太陽」とされていました。

桑の木=太陽

「太陽があらわれた」

「我が国は繁栄する!」

伊尹(いいん)の出現は、国をあげて歓迎されるのでした。

しかし本人の胸はいつも暗い影が覆います。

自分はどこから来たのか、そして何者なのか。実の親はどんなだったのか…。

幼い頃から、そんな思いを胸に秘めながらもすくすくと成長し、夏(か)王朝につかえる料理人となります。

「自分は拾われた子だ」と寂しくても育ての親に感謝し、けなげに生きる姿は、次第に人を引き付けていきます。

周囲に引き立てられ、「故事」や「天象」(星や月を見て様々な予知をする学問)と言った、貴族にしか学ぶことの許されない勉学の機会を与えられ、その後、王朝を支える名軍師となります。

母親のお腹にいた胎児が、その命に変えて生きながらえ、宿命を抱えながらも懸命に生きる姿。

読み進めるうちに、自分の腹から生まれた子のような錯覚におちいります。

自然と母性が引きだされ、濁流にのまれた母の代わりとなって、その成長に一喜一憂する自分がいました。

この宿命的な人生に共鳴する音楽が浮かびます。

フランスの作曲家、フォーレ(1845-1924)のエレジーです。35歳の頃、チェロのために書かれました。

エレジーというのは「悲歌」、つまり悲しい嘆きの歌です。

冒頭の憂いに満ちた響き、そこから導かれるメロディーは、胸に重くのしかかる宿命を受けとめて生きる、人生そのものです。

悲しみを歌いあげた後にやってくる、天国の音楽。

しかしそれも悲哀の波に飲みこまれ、最後は静かに消えるように終わります。

人間の肉声に最も近いと言われるチェロ。

人生を歌うときほど、強烈な光りをはなちます。

壮大な中国史の源流に触れてみてはいかがでしょう。
デュオ・ハヤシ ドビュッシー
ショパン:ソナタ (フォーレ:エレジーを含む)
天空の舟
小説・伊尹伝 上・下巻
宮城谷 昌光(著)
文藝春秋
中国古代王朝という、前人未踏の世界をロマンあふれる勁い文章で語り、広く読書界を震撼させたデビュー作。夏王朝、一介の料理人から身をおこした英傑伊尹の物語。 出典:(出典:文芸春秋)
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植木 美帆
チェリスト

兵庫県出身。チェリスト。大阪音楽大学音楽学部卒業。同大学教育助手を経てドイツ、ミュンヘンに留学。帰国後は演奏活動と共に、大阪音楽大学音楽院の講師として後進の指導にあたっている。「クラシックをより身近に!」との思いより、自らの言葉で語りかけるコンサートは多くの反響を呼んでいる。
Ave Maria
Favorite Cello Collection

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