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デザインのアトリエ 石版印刷(ギャビー・バザン)

社会見学気分で楽しめる一冊

デザインのアトリエ 石版印刷
ギャビー・バザン(作)
みつじまちこ(訳)
あるデータでは、私は就職氷河期世代のピークの年代らしく、高2の冬に阪神淡路大震災、その後何年か不良債権のニュースでもちきり、といった頃でした。

そうした中、大学進学を諦めたうちの一人です。私の性格だと、無理に学費を工面して進学したとて、将来の負担に焦るばかりで、結局美術を学びたい気持ちに集中できなさそうって思いました。

今から思えば、ごく限られた世代の先輩方がたまたま経験した、尋常でない好景気との落差に、当時みんなが困惑していただけにも思われますが、私自身は高校卒業後、それまでは学ぶ側からしか見えていなかった景色が、数年で働く側からの景色に変わりました。

鈍い私はそうなって漸く、自分なりに美術と仕事のつながりを見いだすに至り。アルバイトしながら商業印刷について学ぼうとする中、最初に知ったのがオフセット印刷の存在です。現代において最もポピュラーな印刷方法です。

今回ご紹介する絵本で紹介されている石版印刷は、その原型とされる方法です。

今となっては目にする機会がごく限られていますが、私の経験では、大阪の鶴身印刷所さんで、昔使われていた実際の石版を見せていただいたことがあります。

作中では、まず、石版印刷がどのようにして誕生したかのエピソードが語られます。

およそ200年前、発明したのは演劇に夢中の一人の青年。自分が書いた戯曲を出版したいけれど、どこも出版してくれず、だったら自費で出版しようと考えますが、彼は父親をなくしたばかり。自由になるお金がないどころか、8人もいる兄弟の面倒をみなくてはなりません。

なかなかの逆境ですが彼は諦めません。ならば出版(印刷)に必要な道具を自分で手作りすればいい!と、道具の自作から始めたのです。

途方もなく実現不可能に思われるチャレンジですが、もはや彼にとっては、自身が演劇を諦めずに済むっていう、かけがえのない唯一の選択肢だったのかも。

何度試して失敗しても諦めない彼のチャレンジが、やがて神様の目に留まって。糸口となる些細な出来事を経て、彼は石版印刷の発明者となりました。

以来さまざまなアーティストが石版印刷に夢中になったとありますが、私が個人的に気になったのはー。

その後、彼の演劇人生はどうなったのか?本筋ではないから、作中ではふれられていないんですよ…!まあ、ここまでくれば、少なくとも戯曲の出版は叶ったよね??

であればどうか、その根性を私にもわけてほしい…!!(今、結構切実)

オシャレなイラストによる詳細な解説も親しみやすく、石版印刷の魅力が存分に伝わってくるこの作品。知的好奇心を満たしてくれる、社会見学気分で楽しめる一冊です。
デザインのアトリエ 石版印刷
ギャビー・バザン(作)
みつじまちこ(訳)
グラフィック社
profile
恒松 明美
ギャラリーリール(GALLERY RiRE)店主

小説なら1日。映画なら2時間。絵本なら、長くても15分くらいでしょうか。 それでも小説や映画に負けないくらい、心が満たされる絵本があります。 毎日、時間がたりない…。そんな、忙しく働く女性にこそ、 絵本はよきパートナーとなってくれると思います。

毎日窮屈だな。ちょっと背伸びしてばかりだったかな。 「心の凝り」が気になる時におすすめの、絵本をご紹介します。

ギャラリーリール(GALLERY RiRE)
大阪府堺市中区深井水池町3125
営業日:基本的に事前予約制(ご利用方法はHPご確認ください)
定休日:月曜・火曜+不定休
HP:https://galleryrire.theshop.jp/





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