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海洋プラスチック 永遠のごみの行方(保坂直紀)

「マイバッグ」で満足していてはいけない

海洋プラスチック
永遠のごみの行方
保坂直紀(著)
世界的に関心が高まっている海のプラスチック汚染について、最新の状況や研究動向を紹介しながら、初歩からわかりやすく解説する本です。

著者の保坂直紀さんは、海洋物理学を修めたサイエンスライターです。これまでにも海のプラスチック汚染問題に関する著書を出されています。現在は東京大学の大気海洋研究所の特任教授も務められています。

そもそもプラスチックとは、どういうものなのでしょうか。それはどれくらい作られているのでしょうか。使われたプラスチックは、どう処理されているのでしょうか。海にはどの程度が流出し、その後どうなっていくのでしょうか。分解するプラスチックなら万事解決するのでしょうか。

私たちの生活には、非常に多くのプラスチックが使われています。包装や容器、車やパソコンの部品、繊維製品その他に、プラスチックは軽くて丈夫で安くて便利な素材なのです。

でも、お役ごめんとなったプラスチックはどうなるのでしょう。分別して、再び別の製品にリサイクルされていると思いきや、世界でのリサイクル率はたった9%ほどだそうです。多くはそのまま埋め立てられたり、焼却されたり、どこかへ消えてしまったりしています。

日本のリサイクル率は高いと言われることがありますが、これにはからくりがあります。日本は、焼却処分の際に出る熱を発電などに利用した場合も「リサイクル」として分類しています。本来の意味で再びプラスチックにリサイクル(再生利用)される割合は、2-3割ほどなのです。

しかも、国内でリサイクルされるのは、プラスチックごみの総量の1割にすぎません。これまでは多くを中国に輸出していました。その中国が、2018年、プラスチック廃棄物の輸入をやめると発表しました。廃棄物の急増と国民の健康被害を鑑みての決定でしたが、世界に衝撃が走りました。

日本でも行き場を失ったプラスチックごみが回収業者の敷地や倉庫に山積みになっている様子を、報道でご覧になった方も多いのではないでしょうか。プラスチックごみの総量抑制は待ったなしの問題なのです。

きちんと回収されずにどこかへ消えてしまっているプラスチックも大量にあります。消えるといっても、プラスチックは半永久的に残ります。それらは、風に舞い、水の流れにのって、海に達します。世界中の海岸に、流木や海藻にまじって、レジ袋やペットボトルやポリタンクなどのプラスチックごみが大量に打ち上げられています。清掃活動で減らしても、次から次へと漂着します。放置すれば溜まる一方です。

プラスチックは劣化してボロボロになり、小片になります。大きさが5ミリメートルより小さいものをマイクロプラスチックといいます。これらは、さらに目に見えないサイズになりながら、世界中の海に広がっていっています。そうなると回収は、より困難になります。

マイクロプラスチックに有害物質が付着して動物の体内に入り、健康被害をもたらす危険性もあります。すでに私たちの体内にもマイクロプラスチックが入っているといいます。

最新の研究で、プラスチックを分解する微生物がいるらしいことが発見されましたが、それらが一気に問題を解決してくれるわけではありません。

分解するプラスチックも開発されていますが、いつでもどこでも分解されるわけではありません。種類ごとに、ある一定の条件を満たした場合にのみ、ごくごくゆっくりと分解されていくというもので、放っておいても魔法のようにあっというまに消え去るようなものではないのです。

今年(2020年)7月1日から、日本でもようやくプラスチックレジ袋の有料化が全国で義務付けられました。これに対しては、諸外国に比べるとずいぶん遅いうえに「抜け道」も残された中途半端な施策であるとの批判があります。

例えば、レジ袋のうち生物由来の素材を25%以上使っているものを「バイオマス」袋と呼び、有料化の対象外としました。しかしそれは、分解される素材かどうかとは関係のない基準なので、プラスチックごみの減量には結びつきません。

また、レジ袋を減らすくらいで何が変わるのかという批判もあります。確かにプラスチックごみの総重量に占めるレジ袋の割合は推定で1.7%に過ぎません。しかし、レジ袋は、使い捨てられやすく、散乱しやすく、回収しにくいという性質を持っています。レジ袋はプラごみ抑制に向けての意識改革の手始めであって、これで満足していてはいけないのは確かです。

新型コロナ肺炎の蔓延で、使い捨てのプラスチック容器やレジ袋を使う方がよいのではないか、ペットボトル入りの飲料を飲んだ方がマイカップやマイ水筒を使うよりも安全ではないか、というプラスチックをめぐる議論の揺り戻しも見られます。これなども問題を混同しているか、あるいは不要な不安をあおっているように思われます。

しかも、本書によると、ペットボトル入りの水には、水道水の約22倍のマイクロプラスチックが含まれているというデータもあるのです! 

環境問題に関しては、誤解や対立や反発が生じがちです。それは、実態や研究成果が正しく伝わっていないことが大きな要因ではないかと思います。その意味でも、環境汚染の現状や最新の研究成果を、わかりやすく、科学的かつ多面的に説明してくれる本書は貴重な情報源です。
海洋プラスチック
永遠のごみの行方
保坂直紀(著)
角川新書(2020)
プラスチックごみによる海洋汚染や生き物の被害が世界中で報告されるなか、日本でも2020年7月からレジ袋が有料化される。マイバッグを持つのはいいが、それは本当に意味があるのか。問題を追い続けるサイエンスライターが、永遠のごみの現状を報告し、納得感のある向き合い方を提示する。 出典:amazon
profile
橋本 信子
同志社大学嘱託講師/関西大学非常勤講師

同志社大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程単位取得退学。同志社大学嘱託講師、関西大学非常勤講師。政治学、ロシア東欧地域研究等を担当。2011~18年度は、大阪商業大学、流通科学大学において、初年次教育、アカデミック・ライティング、読書指導のプログラム開発に従事。共著に『アカデミック・ライティングの基礎』(晃洋書房 2017年)。
BLOG:http://chekosan.exblog.jp/
Facebook:nobuko.hashimoto.566
⇒関西ウーマンインタビュー(アカデミック編)記事はこちら

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